「歴史は繰り返す」と、国語辞典 | 特許翻訳 A to Z

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1992年5月から、フリーランスで特許翻訳者をしています。

History repeats itself, first as tragedy, second as farce.

日本では、前半部分が「歴史は繰り返す」「歴史は繰り返される」などと翻訳され、おそらく知らない人はいないだろうと思うほど有名なフレーズです。

由来をたどると、インターネット上に多いのがローマの歴史家クルティウス・ルーフス説とドイツの哲学者カール・マルクス説の2つ。
前者については根拠不明で、後者のほうはWikipediaをはじめ、根拠がはっきりしていました。
具体的には、著書『Der 18te Brumaire des Louis Bonaparte』の中にある、次の一節です。

 

Hegel bemerkte irgendwo, daß alle großen weltgeschichtlichen Tatsachen und Personen sich sozusagen zweimal ereignen. Er hat vergessen, hinzuzufügen: das eine Mal als Tragödie, das andere Mal als Farce.
  (Karl Marx 『Der achtzehnte Brumaire des Louis Bonaparte』

邦訳:
ヘーゲルはどこかで、すべての偉大な世界史的事実と世界史的人物はいわば二度現れる、と述べている。彼はこう付け加えるのを忘れた。一度は偉大な悲劇として、もう一度はみじめな笑劇として、と。
  (植村邦彦 訳 『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』 平凡社ライブラリー p.15

ヘーゲルはどこかで言っている。すべての世界史的な大事件と巨人は二回現れるというようなことを。ただしヘーゲルは、それに加えて次のように言うのを忘れている──  一回目は偉大な悲劇として、二回目は安っぽい茶番狂言として、と。
  (市橋秀泰 訳 『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』 新日本出版社 p.8

英語訳:
Hegel remarks somewhere that all great world-historic facts and personages appear, so to speak, twice. He forgot to add: the first time as tragedy, the second time as farce.
  (Karl Marx. 『The Eighteenth Brumaire of Louis Bonaparte


一度目の偉大な悲劇というのはナポレオン・ボナパルトによるクーデター、二回目のほうは、甥のルイ・ボナパルトによるクーデターです。
エンゲルスがマルクスに宛てた書簡にあった「everything to be re-enacted twice over, once as grand tragedy and the second time as rotten farce」にヒントを得て、皮肉的に使ったとされています。

ヘーゲルのほうは、「テーゼ(正)→アンチテーゼ(反)→ジンテーゼ(合)」の弁証法の話で、これは問題解決の際に二項対立から抜けて第3の新たな道を導き出すといった「プラスの意味」、マルクスが2回のクーデターを揶揄するのに使ったほうは、どちらかというと「マイナスの意味」。

ただし、エンゲルスにしろヘーゲルにしろマルクスにしろ、もともと繰り返しは2回です。
そしてどこにも history repeats itselfに相当する文言はありません
対応するドイツ語「Die Geschichte wiederholt sich」でも、なぜか事情は同じ。

ようするに前半が簡略化され、そこに後半の「first as tragedy, second as farce」部分がつながった形になっています。

さて。
上述のクルティウス・ルーフス由来説については、英語、ドイツ語、イタリア語など欧米諸語で資料を検索すると、この言葉との関係を示す情報は皆無に等しい状態でした。
イタリアはイタリア語バージョン「la storia si ripete」を使っても、同じこと。

かたや日本語だけは、インターネット上はもとより印刷物として出版されている単行本にも、いくつか出てきます。
それどころか、国語辞典にもありました。
 

【歴史は繰り返す】
過去に起こったことは、同じような経過をたどって、何度でも起こるものである。ローマの歴史家クルティウス=ルーフスの言葉による。 (三省堂『大辞林』第三版

ローマの歴史家クルチュウス=ルーフスの言葉。過去に起こったことは、同じようにして、その後の時代にも繰り返し起こる。(小学館『大辞泉』


同じ印刷物でも、いわゆる「名言集」「格言集」に類する書籍には、「歴史は繰り返す」自体がほとんど載っていません
マルクスの言葉としては、「歴史は繰り返す」ではなく、ブリュメール18日の表現のまま岩波書店の『世界名言集』などに掲載があります。

刊行されているすべての名言集をあたったわけではないですが、そこそこ追いかけて「歴史は~」として見つかったのは、今のところわずか2冊。

片方が明治書院の『世界名言大辞典』454ページで、ツキュディデスの言葉とあります。
もう片方があすとろ出版の『名言名句の辞典 -日本語を使いさばく-』247ページで、古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスの言葉とあります。


実は広辞苑が、同じ人物をあげています。
 

歴史は繰り返す
(ツキジデス「歴史」に由来するとされる英語の成句から)歴史上で一度起こった出来事は、場面や主人公を変えつつもそのあと何度も起きる。(岩波書店『広辞苑』第六版


名言集には探すのが意外と大変なのに、国語辞典は大手どころが揃って載せているという事実。

ちなみに英英辞典で「history repeats itself」を引くと、Webster、Longman、Oxfordなど、多くの辞書に掲載されているのですが、「誰の言葉か」ということまでは示されていませんでした。
意味だけ、載っています。
ドイツ語でもDudenなどで同じことをしましたが、こちらは見出し掲載は見当たらず。
イタリア語も同様です。

なお、『広辞苑』があげている「歴史」というのは、日本では『戦史』『歴史』など、英語では『History of the Peloponnesian War』として翻訳出版されている、『Ιστορία του Πελοποννησιακού Πολέμου』という書物です。

「歴史は繰り返す」のギリシャ語バージョンは「Η ιστορία επαναλαμβάνεται」、ツキジデスは「Θουκυδίδης」ですので、これらの語を使ってギリシャ語文献を検索したところ、ルーフスでイタリア語を検索したときと違って、こちらはそこそこ資料が出てきました。

・・・とすると、「歴史」に由来するとされる英語の成句だとしている『広辞苑』が、最も正確に説明している可能性がありますね。
実際、英語圏でも百科事典に次のような説明が見つかりました。強調は、こちらで付しています。

 

Thucydides contributed an original concept to historiography; he was responsible for giving us, for better or for worse, the belief that history repeats itself, as he indicated in his The History of the Peloponnesian War.
  (『Encyclopedia of Library and Information Science』 2nd ed. p.1630

Thucydides states that he composed his History to be useful to those who wish to have an exact knowledge of what happened in the past in order to predict or control future events.  For future events will resemble those of the past, since human nature stays substantially the same.  This is no mere statement that history repeats itself. The important element here is "human nature."  Thucydides reflects the Sophists' interest in and emphasis on the individual.  To him human nature is the basic causal factor of events and is a constant, so it is useful to know how it has reacted in the past.
  (『Encyclopedia Americana』 vol. 26, p.709

 

当然、「歴史」の中に何が書いてあるのか、確認します。

続きは次回に。

 



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