白洲次郎が妻、正子さんに求めたこと | だれも書かない★ニューヨーク1%未満★

だれも書かない★ニューヨーク1%未満★

日本からは見えにくい、知られざるニューヨークやニューヨーカーのこと、たまにプライベートなことを書いています。

昔、ファッション誌の編集をしていた頃、わたしは、当時仕えていた編集長によくこう言われました。
「OO(わたしの旧姓を叫ぶ)、あのなぁ、おめぇ、顔で男選んでるからいつまでたっても幸せになれねぇんだよ」
(と、決め付け)
わたしは、ムっとしながら、
「ごもっとも」

と答えながらもイマイチ納得できないものがありました。


編集長、わかっちゃいるのよ。でもこればっかりはどうしようもないの。
ああそうですか、と自分の好みを変えられるなら、こんな楽なこともありません。
当時のわたしは筋金入りの面食いというヤツ、もちろん、自分の好みの方向に崩れている分には問題ないのですが。



ただ、なんだかいろいろと注文が多かった。

しかも外見だけよければいいというもんじゃない。
中身も、白洲次郎も真っ青ってレベルを求めていたわけです。



自分のことはすっかり棚にあげて。



だから、
短距離用(結婚はまったく意識しない関係)に、外見だけいい男と、それなりに楽しい時間を過ごしました。


でも、もちろんそういうのって、長続きしないのよ。


必ず、何か問題が噴出して、すぐ自滅するから、わたしの人生、UP&DOWNの連続、まるでジェットコースターに乗ってるみたいでした。

と、ここまで読んできて、ほら特に男性陣から、
「ははは、こっちだって選ぶ権利はあるもんな」
という声が聞こえてきます。



そうなの、その通りなの。





後々やっと肝心なことを悟ったわたし、ここでもう一度おさらいをします。

旗忘れるな、相手にもある、選ぶ権利(あなたが選んでも彼は他の人を選ぶかも)

旗いい男は1日にして成らず(型破りな男ほど、若い頃は荒削り。夢を追いかけるだけの男かも。完成させるのは、妻という名の女性)

さて、ここで、究極のいい男、白洲次郎が正子さんに求めていたものを深読みしてみます。


彼が彼女に送ったラブレター、

You are the fountain of my inspirations and the climax of my ideals

からもわかるように、
正子さんは、彼がインスパイアされ、刺激を受ける相手だったのです。

ご存知のように、正子さんは、自分で皿洗いをした日には、鬼の首でも取ったような騒ぎようだったことからわかるように、料理、掃除、選択などの家事一切から無縁で一生を終えた人。

まるで義母のようです。

育児の大半もタチさんという女性に任せ、本人は文章修行に、そして骨董の目利きとしての道を究めていたのです。


つまり白洲次郎が妻に家事一般の才能を求めていたわけではないことは明らかです。

余談ですが、うちの夫も、妻に家事の才能を求めていないという点では、ちょっと拍子抜けがするほどです。

シャツのボタンが取れかけていたので直そうとしたら(わたし、裁縫だけは得意)、
「そんなことはクリーニング屋に任せればいいよ」

トイレ掃除をわたしがするなんてもってのほか(でも、掃除も大好き)、
「お願いだから、やめてほしい。君がするぐらいなら僕がする」

結婚当初、よく言っていたのは
「ぼくはメイドさんと結婚したわけじゃない」

その代わり、その日ニューヨークタイムズ紙面を賑わせた政治・経済関係のトピックについて、また彼の仕事内容についての知識があり、Debateが出来ることを期待しているんです。
しかも、わたしの場合は、英語です。


はっきり言ってとっても疲れることもあります。

一方、白洲夫妻は、お互いの分野に関しては不可侵的で、特に次郎さんは正子さんの書いたものをほとんど読んでいなかったといいます。



けれど、彼女の男友達、青山次郎、などのメンツを見ればわかるように、彼女が理論武装も出来、あらゆる分野において(特に次郎さんが不得意な分野で)豊富な知識があったことは言うまでありません。


旗お互いにまったく違う分野でそれぞれに活躍し、それぞれの領域には不可侵でありながら、お互いに刺激し、尊敬しあう。

これって、言うのは簡単そうだけど、実行するのはものすごく大変。
時々、

あぁ~、Debateはもういいから、わたし、座敷豚になって楽したいなぁ、
って思うことありますもん。

みなさんはいかがですか?


The next, click ダウン


白洲次郎にムチャクチャ惹かれる理由