踊りましょう、アーバンチュールな曲を。 | …

i am so disapointed.

今日は夜から予定が入っているので、早い時間帯にブログを書いておきたい。そして、今回も引き続き、Negiccoについてである。

 

久しぶりに連夜にわたってNegiccoのことを書くきっかけとなったのは、少し前に仕事場で採用した女性のご主人がミュージシャンで、ご本人もNegiccoに詞や曲を提供しているアーティストがわりと好きだという話を聞いたものの、アイドルポップスには興味がまったく無く、Negiccoの音楽もちゃんと聴いたことがないということだったので、少し聴いていただいたところ、わりと興味を示していただいたという事案からであった。

 

その日のブログ記事がたまたまとある有名Negiccoファンの方にリツートしていただき、アクセス数が伸びたり、何人かのNegiccoファンの方々とコメントのやり取りができたりと、ライトでカジュアルな主に在宅弱小ファンの私としては、かなり楽しい状況になったわけである。そして、調子に乗ってNegiccoのことを連日書いているという次第である。

 

ブログに書かせていただいていることは、もちろん件の女性ご本人にも知らせているのだが、昨夜の記事を公開後、また新たな感想をいただき、それがなかなか興味深いものであった。

 

昨日の記事に書いた「Good Night ねぎスープ」や「私へ」についての感想もそうだったのだが、私だけではあまり気づかなかった解釈が聞けて、なかなか楽しかったのだ。

 

私は現在の女性アイドルグループ全般について、それほど詳しいとはいえないのだが、一般的にメインのターゲットとなっているのは、若い男性であるような印象がある。

 

Negiccoの「ティー・フォー・スリー」は、リリースの少し前からメンバーと同世代の大人の女性をターゲットにしたものだと言われていて、実際に内容もそのようなものであった。

 

一般的にアイドルグループのターゲットとして想定されるのとは、少し違った層を狙ったと思われる。

 

Negiccoのファンには女性も多いが、数少ない現場経験から察するに、それでも大半は男性、しかもわりと年齢層が高めだという印象がある。

 

つまり、けしてメンバーと同世代の大人の女性ではないわけである。当初、やや置いてけぼり感を味わうのではないかという懸念もあったのだが、実際に作品を聴いてみると、それはまったくの杞憂であったことが分かった。

 

なぜならその高い音楽性とメンバーの歌が、ターゲットがどうこう以前に、われわれの音楽ファンとしての耳を満足させてくれたからである。

 

ソフト・ロック、シティ・ポップ、AORに造詣の深い音楽ファンやメディアからも「ティー・フォー・スリー」はわりと好意的に評価されていたような印象があるが、一方で、主に若者向けのエッジなアイドルポップスを求めるそうにとっては、退屈にも聴こえたようである。

 

「ティー・フォー・スリー」によって、Negiccoの人気や知名度が、このアルバムのターゲットではないかといわれていた、メンバーと同世代の大人の女性にまで広がったのかどうかは定かではない。

 

しかし、私はちゃんと届きさえすれば、もっと広がるのではないかというようなことを、ぼんやりと考えてはいた。

 

そして、今回、偶然にも仕事場にて、そのサンプルともなりうるような体験をしたのであった。

 

まず、昨夜に公開した記事をお読みいただいた上で、「○○(註・私のことです)をキッカケにしNegiccoを知り、○○が歌詞を伝えてくれるのが本当毎回楽しみになりました」というメッセージをいただいた。

 

仕事上の付き合いにおける社交辞令的なやり取りであれば、これだけで十分に成立しているわけであり、ここで終わることであろう。

 

しかし、更にこの後に補足とも思える感想の説明をいだき、おそらくこの時点において、Negiccoが彼女にとって、言葉を用いて表現するというエネルギーを使うに値する、良いものとして認識されたのではないかと、思えるのである。

 

その内容とは、「私は○○の話しとNegiccoの音楽を聞いているうちに私なりの解釈ですが何か凄い物を発見したのです!!」「1・男性から覗く女性の可愛らしさ、むつましさ、」「2・女性の心の中の表現」「立体的としかいいようの無い二部構成」「女性側の感覚と男性側の感覚をここまで馴染ませ表現してるとしたら素晴らしいですよね!?」、更には、「Negicco、皆しるべきだ!!解らない人は残念な人だぁ!」という言葉までいただいた。

 

アイドルポップスには一切興味が無く、つい数週間前まではNegiccoのことを全く知らないに等しかった方が、この反応である。

 

もちろん嬉しいのだが、彼女の感想の全てを私が完全に理解できているかといえば、けしてそうではない。なぜなら、私は男性であり、ゆえにそこに限界があるような気がする。

 

Negiccoの現場にたまに行くと、女性ファンが結構いるのだが、ブログやSNSなどで感想や考察を表現している人は、圧倒的に男性が多いような印象がある。Negiccoの魅力について、もっと女性ファンの方々の意見や感想を聞いてみたいと、強く思った。

 

ところで、私は世間におけるミソジニー(女性嫌悪)的な空気が苦手というか、憎悪すら感じている。

 

男性オタクとミソジニー(女性嫌悪)とは、一般的に親和性が高いと見なされている。アニメの女性キャラクターや女性アイドルが好きなはずなのに、なぜミソジニー(女性嫌悪)なのかというと、そこにあるのは、女性の存在そのものを愛するというよりは、女性に対して自分自身の劣情を満たしてくれる存在という妄想を投影し、それをフェティッシュに消費しているだけの場合がひじょうに多いからである。

 

私は他のアイドルを応援している頃から、推しにはいい恋愛をして女性としてしあわせになってほしいとか、処女厨○ねとかそういうことばかり言っていた異端児でもあるので、アイドルファンとしては特殊なのだろう、という自覚は持っていた。

 

Negicco界隈に心地よさを感じるのは、アイドルグループであるにもかかわらず、このようなムードがほとんど感じられないからでもある。

 

リアルタイムでは聴いていなかったが、Negiccoを全国的に少し有名にした曲は「アイドルばかり聴かないで」のようだが、この曲の作者である小西康陽はピチカート・ファイヴ時代に「女性上位時代」というアルバムをリリースしていた。ORIGINAL LOVEでの活動を本格化するために、ピチカート・ファイヴを脱退した田島貴男にかわり、このアルバムから新たにボーカリストとなった野宮真貴に対するリスペクトが詰まった、ひじょうに美しいアルバムである。

 

「ティー・フォー・スリー」は収録曲の半分以上が、岩里祐穂、G.RINA、大坪加奈、平賀さち枝、土岐麻子、MEG、坂本真綾といった、女性によって作詞されている。

 

また、13曲中の5曲に関わっているconnieさんはもちろん男性なのだが、「1000%の片想い」の詞などを読むと、中に女子大生が住んでいるのではないかとしか思えない。

 

他のアルバムには「クリームソーダLove」など、リーダーのNao☆ちゃんが作詞した曲もあり、他のアイドルグループの作品と比べ、女性的なものが多いのではないかという気がする。

 

さて、話は変わって、本日の東京は何だかジメジメしているため、こんな日は夏のはじまりを感じさせる「あなたとPop With You!」が聴きたいし、MVも観たい。という訳で、自分で観るためにも貼っておきたいと思う。

 

この曲は好きすぎて、これまでにも色々書いてきたし、これからも書くと思うのだが、「踊りましょう アーバンチュールな曲を」というフレーズがかなり好きである。

 

「アーバンチュール」などという言葉は本当は無く、これは「都会的な」という意味を持つ「アーバン」と「恋の冒険」の意味を持つ「アバンチュール」とを掛け合わせた造語であろう。

 

都会的な気分と恋の冒険にまつわるときめきやワクワク感、これはNegiccoの音楽の大きな魅力なのではないかという気がする。しかし、それではあまりにカッコよすぎて、逆に十分ではないような気もするので、新潟の海岸線を走る国道402号のことを指す「ヨーン・マルニ」なるフレーズが歌詞に入っているというのは、もちろん完全なこじつけである。

 

 

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