(要旨)

・ 豪州産wagyuには要注意。EPA締結で、日本にも入ってくるかもしれない。

・ それを防ぐツールとして、「地理的表示」という概念が検討し得る。牛肉以外にも広く使える可能性有。

・ 「地理的表示」とは、地名と品質等が密接に繋がっている場合、その地名の使用を制限するルール。欧州が熱心で、アメリカ、オーストラリアは反対。


(本文)

 日豪EPAが大筋で纏まりました(私は「『大筋』合意」というのはあまり好きではありませんが、それはここでは述べません。)。


 問題になったのは牛肉でした。これも予想通りです。そして、牛肉の関税を日豪で纏めれば、同じく日本に牛肉を輸出したい(特にBSEで失ったシェアを取り戻したい)アメリカが焦り始めるだろうから、TPP交渉にも影響が出るだろうというのも、かつてこのブログに書きました。


 そういう中、若手議員のエースである玉木議員が良い指摘をしていました。「豪州産wagyu」についてです(ココ )。ここはとても重要でして、「wagyu(和牛)」というのが高品質な牛肉を示すブランド化していて、一部の国の市場では日本産和牛を席巻しています。


 ここで、私は「地理的表示の規制強化に日本も乗るべき」という主張をしたいと思います。元々は欧州、特にフランスやイタリアのような国が地理的表示の規制強化を主張しています。この地理的表示については、過去に3回エントリーを書いていますのでそちらを参照ください( )。簡単に言うと、ボルドーワインは「ボルドー」という地名が品質や価値を保証しており、これをボルドー以外の地域のワインが使ってはいけないということです。


 もう少し細かく書きますと、WTOのTRIPS協定という条約では、「地理的表示」については以下のように定義されています。


【TRIPS協定(抜粋)】

第二十二条 地理的表示の保護
1.この協定の適用上、「地理的表示」とは、ある商品に関し、その確立した品質、社会的評価その他の特性が当該商品の地理的原産地に主として帰せられる場合において、当該商品が加盟国の領域又はその領域内の地域若しくは地方を原産地とするものであることを特定する表示をいう。


 そして、この協定では、通常の産品については「誤認を生じさせる地理的表示」については、これを禁止しています。アメリカで作っているチーズに「ゴルゴンゾーラ」と付けるのはダメよ、ということです。そして、ワイン・蒸留酒については「誤認を生じさせなくてもダメ」となっています。したがって、「カリフォルニアワイン(ボルドー風)」もダメということです。


 ちなみに、日本にもこの「誤認を生じさせなくてもダメ」な地理的表示が蒸留酒であります。泡盛や焼酎でして、壱岐、球磨、琉球、薩摩という名前については国際的な保護が与えられています。したがって、「アメリカ産焼酎(球磨スタイル)」みたいなものは完全にアウトです(やるかどうかはともかくとして)。


 欧州は、この「誤認がなくてもダメ」を他の産品にも広げようとしています。対象は広範でして、チーズ、ビール、肉、果物等、ありとあらゆるものに広げようとしています(EU内では既に規制されています。)。逆にアメリカやオーストラリアは、かつて欧州からの移民が故郷を思いながら作ったものの名称に規制が掛かることから反対しています。


 私は、「豪州産wagyu」問題の解決にこの地理的表示が使えると思います。私がWTOを担当している時期、よく欧州から「欧州の市場で出回っている、非日本産Kobe-Beefを止めさせたくはないか?」と言われました。逆にアメリカからは「北海道切れてるカマンベールが禁止されていいのか?」と詰め寄られました(ちなみに、フランス国内の複雑な事情から「カマンベール」は地理的表示には該当しないという整理になっています。地理的表示になっているのは「ノルマンディー産カマンベール」です。)。


 「和」というのが「地理的表示」なのか、ということについては争いがあります。欧州でも「国名」は地理的表示にはなっていません。なので「ブルガリアヨーグルト」は欧州も規制したがってはいません。


(ある欧州出身の方から「そこまで行くと、アメリカンコーヒー、ジャーマンポテト、フレンチトースト、イギリスパンまで行くからダメだろう。ただ、イギリスパンはイギリスで食べているパンとは異なるので逆説的に規制してほしいが。」という指摘がありました。)


 ただ、「Kobe-Beef」、「Matsuzaka-Beef」というのは地理的表示で規制することを検討してもいいのではないかと思います。上記の玉木議員質問への農水副大臣答弁では遺伝子的には和牛と豪州産wagyuは同じものだそうですが、かといって人様の名前を使うなとは言えるはずです。その名前をブランド化するために費やした畜産農家の苦労にただ乗りするでないという、国民の思いに応えるにはこの手法が一番だと思います。


 まずは、国内市場での規制を進めるべきです。今国会に地理的表示に関する法律が上がるかもしれません。ただ、既存の特許や不正競争防止との関係の整理が出来ていないようで、内閣法制局で相当に苦労しているとの報道を見たことがあります。たしかに難しいのです。単なる不当表示ではなくて、「表示そのものが品質や価値を示す」という概念整理が難しいのではないかと思います。そして、どういう産品にまでそれを広げて行くのかについても難しいところがあります。是非、農水省や経済産業省には頑張ってほしいと思います。


 国際的には、WTOの場で日本は結構「どっち付かず」でした。上記のようにどちらからもそれなりに理屈の立つ説得を受けるわけです。まず、今、地理的表示を広げたら日本国内で被害を被る可能性のある品を調べ上げる必要があります。欧州が公表している地理的表示のリストを見たり、将来的に入ってきそうなものを綿密に検討して、それと引っかかりそうなものを洗い出す必要があります(あまりないと思います。)。その上で、国際的にも日本は「地理的表示に乗れるかどうか」を検討すべきでしょう。


 wagyuの話をしましたが、この件は上手くやれば、「津軽リンゴ」、「讃岐うどん」みたいなものにも適用できます(これはある方からの指摘です。)。


 最後に一つ。外国の問題ばかりを話しましたが、これは日本国内での管理がとても大事です。「Kobe-Beef」とは何ぞやということになります。神戸で育成される牛ということなのでしょうが、それぞれの生産団体がきちんと品質、ブランド管理をしていることがとても重要になります。日本市場に「インチキ神戸ビーフ」が出回ったりするようであれば、この地理的表示は絵に描いた餅です。


 日豪EPAをやった結果、日本国内に「豪州産神戸ビーフ」が出回ったりしないようにしなくてはなりませんし、もっと言えば、世界的にもこれを規制する方向に舵を切ってはどうかなという問題提起でした。