『座頭市』と勝新太郎 | MARYSOL のキューバ映画修行

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【キューバ映画】というジグソーパズルを完成させるための1ピースになれれば…そんな思いで綴ります。
★「アキラの恋人」上映希望の方、メッセージください。

久しぶりにマリオ・ピエドラ先生の登場です。


すでに原稿は一ヶ月近く前に届いていたのですが、ミゲル・コユーラ監督の来日やその他で、ブログにアップするのに時間がかかってしまいました。

今回はキューバでいまだに根強い人気がある勝新太郎の『座頭市』について。

イチの魅力の秘密が明かされます。



『座頭市』      マリオ・ピエドラ ハバナ大学教授


革命達成(1959年)前のキューバで上映された主要な日本映画といえば、『羅生門』(1952年公開)、『七人の侍』(1957年)、そして稲垣浩監督の『無法松の一生』(1959年)のわずか3本ほど。

当時キューバにおける配給会社は、ほとんどが米国の系列会社で、日本映画を上映することにさほど興味はなかったようだ。


ところが革命が成就して間もなく創設されたキューバ映画芸術産業庁(ICAIC)が、配給・上映の枠を大幅に拡げる政策をとると、国民はそれまで馴染みのなかった国々の映画にも親しめるようになった。

初期に上映された日本映画は、有名な監督、特に黒澤明監督の作品が多かった。だが、仮に芸術的には劣るにせよ、それ以外の日本映画もあちこちのスクリーンで繰り返し上映されるようになった。すると瞬く間に多くのキューバ人の心を捕らえてしまった。

キューバでは一括して「サムライ映画」と呼ぶが、実際には真の芸術作品から単純な娯楽作品まで幅広い内容を含んでいる。だが、それらに共通する一番の魅力は、主役が披露する仰天するほど巧みな剣術である。初めのうちは、それこそ、やや大げさに思われた。しかしやがて受け入れられ、しまいには賞賛されるに至る。


1960年代末にICAICは、勝新太郎が主演する『座頭市』シリーズを配給・上映することを決める。奇異に映るかもしれないが、現実は驚くに値しない。文化的もしくはイデオロギー的な決定だったからだ。
何十年もの間、キューバ人民は米国映画が描く“ヒーロー”像に準じてきた。すなわち、白人で、容姿端麗、背が高く、長所で飾られている人物像である。
それに対し、『座頭市』は正反対のモデルだった。太っていて、むさ苦しくて、酒飲みで、ばくち打ちで、しかも目が見えない。唯一光っているのは、剣客としての途方もない技。つまり“取り柄がたった一つしかないヒーロー”だ。


正直言って、当初わたしはそれまで受けた教育や、地方紙の批評家という職業柄、この種の「平凡な娯楽映画」を軽蔑した。しかし直ぐに『座頭市』に魅了されている自分に気づいた。いや、むしろ「勝新太郎」にというべきかもしれない。もし両者を分けられるなら。実際、私の経験では、俳優と役がこれほど見事に一体化している面白さを味わえることは稀だ。

市はたびたび、とんでもなく絶望的な状況に置かれるのだが、彼のシニカルなユーモアや不敬きわまりなさ、“正しさ”に頓着しない姿は痛快だった。


明らかに勝新太郎は忘れがたいヒーローを創りあげた。自分自身に深刻にならず、ほとんどの行いにおいて真似すべきではないヒーロー。いわば人間的なヒーローだ。大部分の人間は容姿端麗ではないし、背も高くなく、長所に溢れてはいない。だが、もしかすると一つぐらいならある。市のように。
つつましい労働者、平凡な人間、取り立てて長所もないが、仕事においては有能で熟達している。市のように。そんな人物こそ、私たちが自分に似ていると思えるヒーローだ。


私と同じように“座頭市”とその映画を賞賛し、なつかしく思っているキューバ人は、いまだに何百万といる。でも私は、そのキューバ人たちの中でも少しだけ恵まれている。というのも70年代末、勝新太郎はキューバを訪れたことがあり、ICAICの要請でアテンドをした私の友人に、勝は魅力的な直筆画をプレゼントした。そしてその絵を、友人はなんと私にくれたのだ。以来、勝の肉筆画は私の家の壁を飾っている。

友人はすでに亡くなってしまったが、「絵は勝が自ら描いたものだ」と断言していた。それが本当かどうか、確かめる術はないが、私は本当だと信じたい。勝がスクリーンで見事にヒーローを演じたように、紙面に見事に描く技量をもっていたことを。
私は、長所に恵まれない自分に気がふさぐとき、壁にかかった荒削りなヒーローに目をやる。するとふっと笑みが湧いてくる。

              ブログ用Shintaro Katsu

           これがマリオ先生のお宝、“勝・新”直筆と伝えられる絵です。

           先生の“日本好き”を知って、件の友人がプレゼントしてくれた

           そう。