『知的唯物論』からの連鎖で、マンガについては先日アップした。
呉智英氏と宮崎哲弥氏が引用する数々の本の中で、興味が湧いた本を立て続けに購入してしまった。いまは同時進行で何冊もの本をかじっている。
仏教信者ではない呉智英氏の『つぎはぎ仏教入門』は、日頃疑問に感じていることやSおじさんとの勉強会で話題になる件にも答えがあって大変興味深く読んでいる。
一方、仏教徒である宮崎哲弥氏の数ある著書の中で選んだのが『さみしさサヨナラ会議』小池龍之介氏との対談本ということで興味が湧いた。
小池龍之介氏については以前のブログにも書いたことがあるが、彼の著書は心が乱れたときに宥めてくれる〈癒し本〉の役割を担ってくれた。
今回は小池氏の『考えない練習』という本も購入した。どうしても考え過ぎるきらいがある私にはうってつけのハウツー本だ。
これらの二冊はまだ読み始めたばかりなのだが、他にも読みたい本があるのでなかなか進まない。
そして、おーなり由子氏の『ひらがな暦(366日の絵ことば歳時記)』は、めぐり合えて本当に良かったと思える本だ。
宮崎氏の言葉を借りると、「…一月一日から十二月三十一日まで一日一頁で、折節の祭事行事のこと、目にはさやかに見えない季節の移ろいのことなどが珠のような言葉と挿絵で描かれている。…」
「…彼女の作品はいつもそうですが、ちゃんと実存問題を視圏に入れつつの仕事だとわかる。日常の機微に宿る聖性が実存の不安を溶かし得る見本のような作品です」
ちなみに十一月二十三日のページはこれ何ともノスタルジックだ。
あとがきには「今日一日かぎりで、この世界のすべてにさようならを言わなければならないとしたら、なんでもないと思いこんでいる日常は、もったいないぐらい新鮮で、いとおしい」と書かれている。
毎日、〈今日はどんな日?〉とこの本を開けるのが楽しみの一つになった。そしてなんとなく一日一日を大切に生きていかなければ…という気持ちになるのが不思議だ。
この『知的唯仏論』によって「仏教とは何か」を概観できたように思う。〈そうだったのか!〉と驚くことも多かった。仏教の歴史は長く、経た国や伝えた人々によって釈迦の教えはどんどん変化してきたようだ。
仏教に関して浅い知識しかない私が、今さら仏教の本質を知ろうと思っているわけではない。仏教には多様な関わり方があって関連図書はごまんとある。自分のニーズに応じて身に合った書物を選び、それによって疑問を解いたり、気持ちが救われたりできれば、それでいい。
これらの本の連鎖は停滞気味の【気】を動かしてくれた。