アブエリータの備忘録

Yesterday is history,
Tomorrow is a mystery,
Today is a gift.
That's why it is called "present".


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次男父子との同居生活から早や半月以上が経過。

 

 

洗濯は50ℓの洗濯機を2回まわし、十分に乾かない洗濯物をその日のうちに乾かせるために何回も乾燥機をまわす。以前は三食分をまとめて一日一回だけ使っていた食洗機が、朝も夜も入りきらないほどの食器で日に2回。毎日ご飯を炊くようになった炊飯器も、ぜんそくの孫のために毎日かける掃除機も…我が家の家電は連日フル稼働となった。

 

 

2人増えただけなのに料理も大変で、日々の献立には頭を悩ませている。働き盛りの息子、そのお弁当、6歳の孫、そして我々老夫婦。リウマチの悪化以来料理から遠ざかっていたのでイマイチ勘が取り戻せない。レパートリーが少ない上に段取りが悪くて時間がかかり、台所に立つ時間がずいぶん長くなった。

 

 

土日は息子が作ってくれたりもするが、せっかくの休みに可哀想なので引き受けたりする。息子が早く帰れた日には近くのラーメン店で御馳走になり少し息継ぎができた。

 

 

朝食は息子が作って食べさせて保育園へ送って行くので、私は朝はゆっくりできる。これを早起きしなければならないとなると3日も続かなかっただろう。息子の仕事は帰りが遅く、夜は孫をダンナがお風呂に入れて私が絵本を読み聞かせて寝させる。

 

 

孫が寝入るまでたいてい2,3冊の絵本を読むので、絵本はしょっちゅう図書館で借りているそうだ。市立図書館の本を予約しておくとまとめて準備してもらえて取りに行けばいいらしい。今週は5冊読んでも寝ない時があって絵本不足になり、昨日は県立図書館へ走って10冊借りてきた。リュックを持参したが10冊の絵本のその重さたるや!

 

 

県立図書館付近は季節を感じさせてくれる木々がいっぱい。とてもいいお天気で秋の空を仰ぎながら、駐車場から図書館への道を歩いた。ちょっと遠いのが難。

 

 

 

 

私はフルタイムの主婦(家政婦)となり身の回りの世話を、ダンナは孫のジイヤ(家来)となってそのストレスを受け止めてやってくれている。家族のみんなが普段の数倍頑張っているのだが、一番頑張らされているのはたぶん犬のショータだろう。天敵である孫と同居するようになって、吠えると厳しく叱られるようになり、ケージの中で過ごす時間が増えてストレスが溜まっているにちがいない。とうとう先日は消化不良でドッグフードを吐いた。

 

 

そして、日頃あまりしない行動をとるようになった。ソファーに座って休んでいると珍しく膝に乗ってきたり左下矢印

 

 

 

疲れて横になっているダンナにちょっかい出したり…左下矢印スキンシップを求めるようになったのだ。

 

 

 

ヤンチャなくせに繊細なコだからねぇ…。

 

 

孫が保育園に居る間の時間は案外早く過ぎ去る。朝が遅いので午前中は洗濯と家事だけで、気がついたらもうお昼。5時半に保育園へ迎えに行くまでに夕食をほとんど完全に整えなければならないので、昼食後はすぐに夕飯の準備にとりかかる。

 

 

週に2回は4時過ぎに保育園へ迎えに行き、その足で病院へ連れて行ってママとご対面。その間ダンナは駐車場で待ち、私はエレベーター室で待っている。帰りは夕方の渋滞時間になるので家に着くのは7時前になる時も。

 

 

次男は子供にテレビを観せない主義なので、テレビもつけずに3人が夕ご飯を食べる。普段は録画しておいた海外ドラマや韓国ドラマを食事時間に合わせて観ていたのだが、孫が起きている限りテレビがつくことがなく、それが寂しい。ぼーっとテレビの虚構世界に浸るのも私のストレス解消になっているのだが、夜は孫が眠るまではひたすらルーティンワークをこなしていく。

 

 

この忙しさで疲労困憊なのだが、1つだけいいことがあった。ここ半月で体重2kg減!痩せたというよりやつれたのかも…。

 

 

こんな生活がなんとか定着しつつあったのに、なんと、お嫁さんは一旦退院することになったのだ!

 

 

家でお腹の張り具合の様子見もあるのだが、末期がんのお母さんとの時間も考えてのことらしい。ところが退院予定の二日前にお母さんが同じ病院に入院してすれ違いになってしまった。

 

 

正直言って、爆弾を抱えることになった息子や我々夫婦の気持ちは複雑だ。また体制の立て直しをしなければならない。お嫁さんは退院しても家で安静にしているだけなので、家政婦のババは妊婦さんのメニューが加わってまたまたお料理三昧になりそうだ。

 

 

大人の憂いをよそに、おかあちゃんが退院してきて孫が喜んでいることが唯一の救い。この子にとって一番良い生活スタイルを模索中。

 

 

 

 

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超多忙の日々が始まる前に書きかけていた【ゲスト騒動②】からの続きをひとまず投稿しようと思う。

 

 

12時40分にエイミーが起きてくるまでに、ネットでレストランを検索していた。

 

 

イギリス人のエイミーもアメリカ人のスーザンも2人ともベジタリアンなので、メニューの選択肢が多いレストランを探さねばならず、スーザンの仕事帰りとなると地域も限定される。

 

 

そんな条件をクリアしたのが、ダンナの幼なじみの息子さんがオーナーシェフをしているレストランだった。【要予約】の野菜中心コースだったので、何回も電話を入れてなんとか予約がとれて一安心。

 

 

お昼もとうに過ぎて起きてきたエイミーは、朝の9時から整っていた食卓に座って【ブランチ】といいながら食べ出した。ベジタリアンとはいうものの、マフィンにバターをたっぷり塗っていたのにはちょっと驚いた。それにサワークリームを1カップ全部食べてしまったのには目が点!

 

 

睡眠について、時差ボケがまだ続いているのかどうか尋ねると、睡眠障害があるようで、深く眠ってしまうと少々の音では起きないということだった。

 

 

二日目のこの日は、30年前に住んでいた借家や神社の境内を見て、琵琶湖岸を散歩することにしていた。スーザンとの会食があるので夕食の心配はない。

 

 

エイミーとボーイフレンドが住んでいた借家は、神社の境内に昔から建っている2軒長屋で、お風呂もない古い家だったので、彼らが入居する前に縁側にユニットバスを設置した。その後もダンナと私は彼らのためにどれほど便宜を図ったかしれない。その借家は数年前に壊して今は駐車場になっている。

 

 

ダンナと3人で境内へ行き、エイミーは昔を思い出しているようだった。ダンナが説明していることには一切耳を傾けず、「丘の上に狛犬がいたはずだ」と言いながら周辺を探している。私もダンナも何のことを言っているのかわからなかった。

 

 

稲荷社のキツネのことなのかと思ったがそうでもなさそうで、それをまた執拗に言い続けるのだ。生まれて以来70年以上ここに住んでいるダンナに思い当たるフシが無いことを説明しても納得しない。ダンナは「どこかの神社と混同しているのかも…」と、そこそこにして引き上げていった。

 

 

琵琶湖岸を散歩し始めてもまだ主張するので、私もとうとうキレてしまって「いいかげんにして!」と叫んでしまった。「長年ここに住んでいる我々に心当たりがないと言ってるのに、どうしてそう頑固なの?」と言うと、「ポンタサンモ ガンンコデス」ときたもんだ!

 

 

気を取り直して、その後エイミーはいろんな風景をカメラに納めながら琵琶湖岸を歩いた。彼らもよく来た公園へ来た時、私がいつもお参りしているお社に連れて行って説明をするも、全く興味を示さず、もっと先まで行きたいという。

 

 

彼女が行きたい場所は歩いてまだ30分もかかるので、私は疲れて行きたくないから一人で行くように言ったところ、あきらめて近隣の商店街を散策することにした。

 

 

詳細はもうカットするが、とにかく自分のペースで写真を撮り、行きつ戻りつ、チンタラチンタラと夕方まで付き合わされ、イライラ続きの私はすでに疲労の色濃く…。

 

 

その夜7時に駅でスーザンと合流してレストランに入った。二人とも店の雰囲気がとても気に入ったようで、私もほっとした。ゆったりとしたソファに腰かけて、二十数年ぶり、十数年ぶりの旧交を温めながら食事が始まった。

 

 

どのお料理も運ばれると二人から歓声が上がり、皆がスマホで写真を撮った。

 

 

オードブル右下矢印2人とも鮭はOKなので、トッピングのイクラは全部私がいただいた。

 

 

 

野菜のバーニャカウダ右下矢印ダンナの友人の無農薬栽培の野菜が美味しかった。二人ともディップを大絶賛!

 

 

 

野菜のピザ右下矢印これも2人ともいたくお気に入りのようだった。

 

 

 

このパスタのトッピングのトビコ右下矢印といい、オードブルのイクラといい、私が取り除く時に、エイミーは一粒も残らないようにしつこいほどチェックをしていた。

 

 

 

デザートは独り一皿でサーブされた。

 

 

 

どの料理もとても美味しくて二人とも大満足。私は3種類のワインを飲んだが、それぞれに美味しくて、なかなか良いチョイスだと感心した。

 

 

レストラン内のトイレに飾ってある蝶の標本左下矢印右下矢印虫好きのダンナの友人が集めたものだ。

 

  

 

 

余談だが、ダンナと私の新婚旅行は沖縄、沖永良部、徳之島だったのだが、この友人から持たされたのは虫取り網だった。

 

 

昭和52年5月、徳之島にて右下矢印獲物を持って帰ったかどうかは覚えていない。

 

 

 

 

スーザンをまじえた3人の会食は、お話も食べ物も美味しくて、エイミーとのイライラでとんがった心が和やかになった。

 

 

続く。

 

 

 

 

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本来ならば今頃スペイン語検定試験を受けている最中なのに、こうしてブログを書き始めている。

 

 

9月には、〈10月の1ヵ月間頑張ればなんとか行けるのではないか〉と踏んでいたのだが、とうとう試験を放棄せざるを得なくなった。

 

 

最近のブログで書いたように、初っ端から突然のゲスト騒動(続きはまだ書くつもりだが…)が始まり、私の誕生日、孫娘の誕生日、孫たちの運動会、他県からの友人と共に琵琶湖ホテル泊と湖周ドライブ(7月からの約束)。メニエルの発作、そこへ親しい知人の100歳の母親の通夜と告別式、大学病院での採血と点滴、運転免許の更新、愛車の車検、そして整骨院通い…。

 

 

次々と予定が飛び込んできたが、最終週だけは全く予定を入れずに頑張るつもりだったのだ。でもなんとなく〈邪魔が入る〉予感はあった。

 

 

月曜日に台風襲来。警報が出て保育園は休園となり、早くに解除されたものの、孫はジジババの家に来る気満々だったので「保育園に行かない!」と1日中孫守りとなった。夕方6時に帰ってくれたその夜、お嫁さんを病院に連れて行くから眠っている孫の見張り番に来てくれとの要請。スペイン語の教材を持って次男宅で9時から11時まで留守番。

 

 

勉強すればするほど忘れてしまっていることの多さにめまいがするほどで、無謀なチャレンジだと思いつつ、それでもこの時はまだダメ元で受験するつもりだった。8千円の受験料(2つの級を受験)も惜しいし…。

 

 

ところがところが、水曜日の朝、お嫁さんは救急車で搬送された。仕事の都合で付いていけない次男に代わって、私が後を追いかけて主治医のいる県内の大学病院へ。

 

 

実は、次男のお嫁さんは第2子を妊娠中で5ヵ月なのだが、お腹の痛みと張りがあって、夜に病院へ走ったのもそのためだった。

 

 

救急処置室へ行くと、お嫁さんは私の顔を見るなり大泣きした。もうダメかも知れないと不安だったようだ。ICUのような病室へ移して様子を見るようだったが、主治医の話では、産むまで入院生活を余儀なくされそうなニュアンスだった。

 

 

身一つで病院へ行ったので、とりあえず入院生活に必要なものを揃えなければならない。最低限のものは院内のコンビニで調達して、あとは夕方、孫を連れて届けることにした。

 

 

もともとお産のトラブルが多いので、流れてしまう可能性も高く、もうすぐ6歳になる孫にも周囲にもほとんど知らせていなかったようだ。今もその危険性はぬぐえないが、孫にはきちんと説明するべきだと考えて、その日の夕方保育園から病院へ連れて行った。

 

 

ママは孫を見るなり大泣きをしていた。二人にして私はエレベーターの所で荷物を運んでくれたダンナと待った。話が終わった頃、椅子にチョコナンと座ってママの話を聴いていた孫が「赤ちゃんがいるんやて!弟ができるんやで!」と喜んで私に伝えてくれた。

 

 

大人たちの心配をよそに、結構クールに受け止めている孫に、ママも我々も拍子抜けだったが、「おばあちゃんチで寝たい」と自分から言うのにも驚いた。

 

 

その夜は、次男が早く帰ってきてウチで風呂に入ってから自分の家へ帰った。夜が遅い次男の仕事を考えると保育園から帰った後はジジババが面倒見なければならない。せめて8ヶ月まではお腹の中に居て欲しいとなると、あと3ヶ月は入院という長丁場。

 

 

結局、次男父子がウチに移り住むことがベストだということになった。孫もウチでの生活を喜んでいるようだった。

 

 

木曜日、孫は保育園で長く遊びたいから病院へは行かないと言っていたので、昼間、ダンナと必要な荷物を病院へ運んだ。夜は次男が21時ごろ帰宅、ダンナと風呂を済ませた孫をウチで寝させた。

 

 

次男の最大の心配は、ママやパパ以外の人が寝させられるかどうかだったようだが、金曜日、私が絵本を読み聞かせてあっけなく眠ってしまい、LINEで知らせると「めちゃくちゃ安心した」と返事が来た。孫が冷静に状況判断をしていることに感心した。

 

 

水曜日も木曜日も、入院準備で駆けずり回っていたので夕食は出来合いのもので済ませていたが、金曜日になってやっと料理をする時間もできた。

 

 

いつの間にか孫が撮影していたクリームシチュー左下矢印

 

 

 

老夫婦の二人暮らしから突然、子供を交えた4人暮らしになり、私は家政婦のババとなって、大量の洗濯物、日々の夕食準備、大量の食器洗い(食洗機がするのだが)の日々が始まった。孫が病気になることもあろう。これから何が起こるかわからない。大変な変化だ。

 

 

【お嫁さんの入院】がある程度可能性ありだったころの、〈そんなことになったらどうなるの?〉という不安は雲散霧消。私が元気を取り戻したのはこの役割を果たすためだったような気がしている。次男が我々に負担をかけまいと気を遣っているのが痛いほどわかるので、無理なく頑張ろうと思っている。

 

 

ブロ友の【家政婦のオバさん】や【老犬介護の兄さん】を見習わなくては!17歳とか24歳ということだが、年齢なりの持病や故障を持ちながらも、兄さんなんか検定試験をちゃんと受けたもの!

 

 

私の検定試験は来年の春に延期…鬼が笑いそう!

 

 

 

 

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