こんにちは。
魂響書占 たまゆらしょせん 恵理子です。
先月実家に行った時に こんなものを持って行ったの。
母が書いた私の育児記録帳。
娘が生まれた日のアルバムを探してたら
同じ場所から出てきてね。
表紙の裏には
幼い頃の私の写真が何枚か挟んであって
それも一緒に持って行ったのね。
48年前に自分が書いた記録を見るって
なんかタイムカプセルみたいよね^^
母は書いたことをまったく覚えてなかったようで
1ページずつゆっくり 全部に目を通してました。
育児記録によると
お腹の中の私は
産まれるまでの母の身体の様子から
ずっと男の子だと思われていたらしい。
3500グラムと大きく産まれた私は
その後の生育も平均を大きく上回り
普通1日35~40グラム体重が増える所
65グラムも増えていたそうな。
記録にはやたらと
「重い」「まったく大きい!」
という言葉が。
身長150センチという小柄な母だから
そう言いたくなったのもわかるんだけど
上が兄で 待望の娘の誕生だったんでしょ?
もっと他に言葉はなかったの?
と思うほど
ビッグでヘビーな形容詞ばかりが並んでた。
父にもこの育児記録を見せたら
「恵理子を抱っこしてよく町内を散歩したけど
お兄ちゃんが赤ちゃんの時とは違ってずっしり重くて
帰って来ると腕が疲れたんだよ」
と遠い目。
やはり赤ちゃんの私は
「ドスコイ恵理子」な印象らしい。
肉!! これじゃあね そりゃ重いわな
それでも
おっぱいを片方飲むとすぐに寝てしまうという
かなり低燃費な赤ちゃんだったみたいでね。
母は「おーい 寝るなぁー」
って困ったらしいけど^^
バックの唐草模様が昭和のいい味出してること^^
この位までは女の子らしいカッコしてる私。
けれど
2歳違いの兄とすべての行動を共にした結果
お人形やぬいぐるみには見向きもしない
ヒーローや戦隊もの大好きな女の子へと成長。
おもちゃ屋さんでかわいいお人形を買ってあげたい
と言う祖父母の希望は叶わなかったそう^^;
おもちゃ売り場で女の子コーナーに連れて行っても
すぐに男の子コーナーの方へ行ってしまい
ウルトラマングッズや仮面ライダーの変身ベルトを買ってもらってた^^
母が兄と私を一緒に床屋さんに連れて行った時は
終わるころに迎えに行ったら
兄が女の子カット 私が男の子カットにされていて
「こっちが女の子です!」
と叫んだ母に 床屋さん
「ありゃー 間違えた!」
と笑いながら言ったとか。
そしてもうこの辺りで 両親も諦めたんでしょう 。
一応女の子色着てるけど モロ刈り上げだし
こんな風に
自分が小さい頃あまり女の子っぽくなかった反動か
私と同じく上が兄という構成で生まれた娘に
幼い頃 やたらかわいい服を着せたかったのね。
う~ん M字頭にはかなり無理があったね^^;
そして やっぱり血なのか?
娘は 幼い頃から
お兄ちゃんのお古のドラゴンの服など好んで着るようになり
友達とケンカして泣かされたお兄ちゃんの仇を取って
その子(4歳年上の男の子)に飛びかかって泣かしちゃった時
私も女の子らしい娘は諦めた。
あ 言っておきますが 今は
私も娘も 「かわいい~(≧∇≦)」
って反応する女子な部分ももちろんありますよ。
でもどうも 血なのかDNAなのか
「本質」として流れ続いている
なにか強いものを感じるのよね。
直接の出所は母だけど
祖母たちの中にも同じものがあって
ご先祖様のおばあちゃんズから
流れ続いているって感じます。
父が養子なので 私には祖母が3人
左の父方の祖母は102歳の大往生
「おばあちゃん!危ないから柿の木は登らなーい!」
とおばさんに注意されてたのを覚えてる。
他にも 明治女の武勇伝の数々が。
祖母から 母へ
母から 私
私から 娘へ
脈々と流れ 続いてる
女の根底にあるものって
強いのね きっと
育児記録の裏表紙にあった言葉
「銀や金や宝石など何になるだろう
子にまさる宝がほかにあるだろうか」
時代が変わっても
親のこの想いは 強く流れ続けていて
やっぱり変わらないのでしょうね。
育児記録を読み終わった母
「いいの持って来てくれたね」と喜んでいて。
自分のルーツに改めて触れて
続いているものに思いを馳せてみるのも
たまにはいいものですね。
(緑)パワーオブフラワーカード 6 Sunflower ヒマワリ
伝統的 継承 育てる
既に何らかの継承的な活動をされている方や想いがある方
家族間で大切なことを引継ぐ方がよく引かれるカード
古の智慧を受け継ぎ 変化を加えながらも本質を次へ繋ぐ
そのような考えの方や活動をする方が多いです
種を受け取り 土に蒔き 育て 開花 その種を次世代へ
時間がかかることですが かける時間も込める想いも
先代に重ね合わせて尊重し 大切に育んでいきましょう
~ たまゆら占いより ~