国見八景・第5景「輪王寺」 | 歴史エッセイ集「今昔玉手箱」

歴史エッセイ集「今昔玉手箱」

本格的歴史エンターテイメント・エッセイ集。深くて渋い歴史的エピソード満載!! 意外性のショットガン!!

 ギタリストの友人が、琴と胡弓でコンサートを開くと
いうので、秋の夕暮れに散歩気分で出かける事にした。
会場は北山の曹洞宗金剛宝山輪王寺。かつて
仙台領808ヶ寺の僧録司(曹洞寺院の総管掌)だった禅寺
である。京都五山の別格が南禅寺なら、北山五山の別格が
輪王寺なのである。
 交通量の多い北山バス通りから、一歩輪王寺参道に入ると、
静謐な「気」に包まれる。街灯もなく、松の木の陰から
辻斬りに襲われそうな闇がある。そこに元禄年間に建てられた
山門(仁王門)が現れる。古びた感じが渋い。「海東禅窟」の
扁額がある。
 輪王寺の開山は、室町時代の1441(嘉吉元)年4月8日。
伊達家9世・大膳大夫政宗夫人(輪王寺殿蘭庭尼大姉)の
祈願により、11代持宗が伊達郡梁川(福島県)に創建
したものである。当時学徳兼備の名僧として知られた、
太庵梵守和尚を開祖として迎えた。
 9世政宗夫人・蘭庭尼は、3代将軍足利義満夫人の妹に
あたり、6代将軍足利義教は、後花園天皇に奏請し、
「金剛宝山輪王禅寺」の宸筆の額面を賜っている。
輪王寺はその後、伊達家の居城とともに移転し、山形県
米沢市、福島県会津若松市、宮城県岩出山町を経て、
1602(慶長2)年に現在の仙台市青葉区北山の地に落ち
着いた。
 輪王寺の造営は、仙台藩祖・伊達政宗から4代にわたって
受け継がれ、綱村の代に至ってようやく完成した。参禅
弁道の雲水は常に数百人と言われ、奥州随一の禅の名刹だった。
しかし1876(明治9)年3月、野火の類焼により
仁王門を残して、本堂・営舎のことごとくが灰燼に帰して
しまった。
 曹洞禅の大本山・永平寺と総持寺は、名刹の廃滅を
惜しみ、福定無外和尚を住職に特選して復興を図った。
無外和尚の寝食を忘れての働きによって、1915
(大正4)年に本堂と庫裏が完成した。
 無外和尚は次に、造園に着手した。
「園林諸堂閣種種宝荘厳宝樹多華果 衆生諸遊楽(法華経)」
の精神を具現化した造園であるという。コンサートはその
庭園に面した、20畳程の部屋で行われた。舟遊びが出来る
ほど広くはない池があり、その周囲には四季の花が咲く。
水面の上に月も映る。そうした庭の風光を愛でながら、
茶を喫し、あるいは友人が奏でる「琴と胡弓」を楽しむなど、
無外和尚の願いにかなった、仏法的平和というものだろう。
 輪王寺第41世・無外和尚は、1943(昭和18)年
5月22日に遷化し、天外五峰和尚が後を継いだ。
天外和尚は空襲で荒廃した仙台の街に立ち、辻説法をして
復興を説く、骨太の禅者だった。開祖・道元の「只管打座」
の精神で、参禅する者を導いたという。

 仙台城北部の北山丘陵には、西から羽黒神社、輪王寺、
資福寺、覚範寺、東昌寺、光明寺、鹿島神社と、ずらりと
神社仏閣が並んでいる。この配置は、もはや「城壁」という
以外にない。政宗もおそらく、そういう軍事的意図をもって
いた事だろう。
 藩政時代、この「城壁」の西と東の端から、北に向う道が
二本あった。東端は芭蕉の辻から青葉神社へ直進し、
光明寺の下から堤町に抜ける奥州街道である。仙台藩の
幹線道路として、江戸初期の元和年間に開通した道である。
堤町の先にある北根村は、戸数0の黒松林だったという。
 そして輪王寺の西端を北に向う道が、七北田街道である。
実はこの道、いにしえの奥州街道(古街道)であり、別名
「秀衡街道」と呼ばれていたのである。
 平安時代、奥羽全域を支配下に置いていた藤原清衡
(1056~1128)は、平泉に中尊寺を建立し、
大和朝廷から半ば独立した形で独自の黄金文化を築き
あげてゆく。清衡の後を二代・基衡、三代・秀衡、四代・
泰衡が受け継ぎ、源頼朝によって滅ぼされるまで、およそ
100年余の栄華を誇った。
 有史以来今日まで、人類が発掘した金の量は約10万トン
と言われているが、藤原四代が使用したであろう金は、
およそ300トン。2000万両にのぼる
と推定されている。時価1g3000円として、9兆円
である。
 白河関(福島県)から青森県陸奥湾の外が浜蓬田村に至る
「陸奥街道」には、1町(約9km)ごとに黄金の阿弥陀仏
を刻んだ笠卒塔婆を建てて、道標にしたというから
ものすごい。砂金は奥州の砂だった。
 1180(治承4)年8月。源頼朝が伊豆で挙兵した事を
知った源義経は、平泉から兄・頼朝のもとへと向う。
この時はおそらく陸路であり、陸奥街道を騎馬で南下した
ものと推測される。輪王寺脇の、今では名も無き普通の道を、
義経やら弁慶やらが駆け抜けていったのかと思うと、
何やら歴史のロマンという香を放ち始めるから不思議な
ものだ。
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