TGFβシグナリング阻害によるiPS細胞樹立効率の改善 | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

TGFβシグナリング阻害によるiPS細胞樹立効率の改善

ハーバード大学のKonrad Hochedlingerらのグループにより、TGFβシグナリングを阻害することで、マウスiPS細胞の樹立効率およびスピードが改善され、Sox2もしくはc-MycなしでもiPS細胞を樹立できるということを示した論文が発表されました。

TGFβシグナリング阻害は、「マウス以外の種におけるマウスES細胞様iPS細胞の樹立 」で紹介した、マウスES細胞様のラットiPS細胞樹立の論文でも用いられていますね。


Curr Biol. 2009 Sep 16. [Epub ahead of print]
Tgfbeta Signal Inhibition Cooperates in the Induction of iPSCs and Replaces Sox2 and cMyc.
Maherali N, Hochedlinger K.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19765992?ordinalpos=2&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_DefaultReportPanel.Pubmed_RVDocSum

Hochedlingerらは、以前、「iPS細胞の樹立に特定部位へのレトロウイルス挿入は必要ない 」で紹介した論文で、いくつかのマウスiPS細胞株で見られるレトロウイルス挿入部位とリンクするネットワークの機能的評価の過程で、リプログラミングにおいて協同的に働く可能性のある経路として、Tgfβシグナリングを同定していました。

ネットワークターゲットの生物学的な評価は多くがネガティブであり、そのネットワークはランダムに構築されたネットワークと変わらないことを示唆した統計学的解析と一致したものの、Tgfβ receptorⅠkinase/activin-like kinase 5 (Alk5)の阻害剤(EMD 616452)を使用することでiPS細胞の樹立効率が改善することを見出しました。

reverse tetracycline transactivator(rtTA)を持つマウス胎仔線維芽細胞(MEF)に、ドキシサイクリン誘導レンチウイルスでOct4, Sox2, Klf4, c-Mycの4遺伝子を導入し、ドキシサイクリン添加の間、Alk5阻害剤で処理することにより、iPS細胞コロニー数の著しい増加が引き起こされることが分かりました。

次に、Alk5阻害剤処理が因子発現の発現時間を短縮できるかを調べるために、4遺伝子を導入したMEFを、Alk5阻害剤の有無に分けて、3, 4, 5日間ドキシサイクリンを添加したところ、3日間のドキシサイクリン処理ではどちらの区からもiPS細胞を得ることができなかったものの、Alk5阻害剤処理した区では4日間のドキシサイクリン処理により、0.0013%の効率でiPS細胞コロニーが得られることが分かりました。なお、コロニーはすぐに現れるのではなく、ドキシサイクリンを除いてから少なくとも1週間後に現れたとのこと。

得られたiPS細胞は、Nanog, Oct4, Sox2ポジティブであり、テラトーマ形成により三胚葉分化能を持つことが確認されました。

また、Alk5阻害剤を4nMから4μMまでの1000倍の幅の濃度で添加してみたところ、阻害剤の濃度が増加するにつれiPS細胞コロニーの数が増え、最も高い濃度では30倍効率が改善することが分かりました。


次に、Tgfβシグナリングの操作がリプログラミングに影響を与えることを確認するために、ドキシサイクリン添加時にTgfβ1もしくはTgfβ2の濃度を高めたところ、コントロールでは1ウェルにつき平均14コロニー(~0.017%)であったのが、1 ng/mlのTgfβ1もしくはTgfβ2の添加により、1ウェルにつき1コロニー(~0.0013%)にまで効率が悪くなり、2.5 ng/mlもしくは5 ng/mlではコロニー形成が見られなくなることを示しました。

次に、いつAlk5阻害剤で処理すれば効果的なのかを知るために、ドキシサイクリン添加後、d1-4, d5-8, d9-12, d13-16の期間に分けてAlk5阻害剤で処理したところ、リプログラミングの最初の4日間に処理すると最も効率が改善され、全期間阻害剤で処理した場合と同等の増加が見られることが分かりました。

なお、d5-8の期間でも強い増加が見られたのに対し、ドキシサイクリン除去後(d12)には阻害剤添加の効果がなくなることも分かりました。

この初期に働くAlk5阻害剤の影響が、細胞に“用意させて”それで変えるのに働くのか、線維芽細胞の状態を不安定化させてリプログラミングさせやすくするのかを調べるために、ドキシサイクリン添加前に3日間Alk5阻害剤で処理した区(-3 to 0d)、ドキシサイクリン添加後3日間Alk5阻害剤で処理した区(0 to +3d)、相乗効果があるのか調べるために両期間Alk5阻害剤で処理した区(-3d to +3d)を、阻害剤処理しなかったコントロールと比較したところ、-3 to 0dでは効率が悪くなるのに対し、因子発現の最初の3日間に阻害剤処理した区(0 to +3dと-3d to +3d)では約5倍の効率改善が見られることが分かりました。

また、-3d to +3dの効率改善は0 to +3dと同等であり、相乗効果もないことが示唆されました。


直接ウイルスを感染させる手法では、全ての細胞で全てのリプログラミング因子が導入されるわけではなく、ウイルス挿入部位のパターンの違いから発現にも不均一性が現れ、効率の改善が、阻害剤が4因子全ての存在下での効率を改善する協同的な影響によるものなのか、阻害剤が特定のリプログラミング因子の代替となる代替効果によるものなのか分かりません。

そこで、iPS細胞由来キメラから作製したMEFを用いた“secondary system”(「Bリンパ球・すい臓β細胞からのiPS細胞樹立 」「複数の細胞種からの遺伝的に均一なiPS細胞の樹立 」を参照)を使用しました。

二つの異なったsecondary MEF株に、Alk5阻害剤の有無に分けて、4, 6, 8, 10日間ドキシサイクリンを添加し、d16でiPS細胞コロニー数を計測したところ、まず、二つの細胞株間でリプログラミングのベースラインレベルが異なっていることが分かりました。(リプログラミング効率は因子発現のレベルと化学量に依存するので“想定の範囲内”)また、両方の細胞株どちらでも、Alk5阻害剤の添加により、リプログラミングの効率とスピード両方が改善することが分かり、協同的な効果であることと一致しました。

しかし、リプログラミングが改善された度合いは、二つの細胞株間で異なり、片方では2倍であったのに対し、もう片方は30倍でした。

純粋な協同的な作用であれば、因子発現レベルの多様性に関わらず、異なった細胞株間で一致した増加を生み出すはずなのに、この場合は当てはまりませんでした。


そこで、協同的な効果なのか代替的な効果なのかさらに見分けるために、「単一ベクターによるiPS細胞樹立 」で紹介した論文に出てくるポリシストロニックコンストラクト“STEMCCA”を使用し、協同的な効果のみを調べました。

secondary STEMCCA MEFを用い、前述と同様、ドキシサイクリン処理中にAlk5阻害剤を4nMから4μMまでの1000倍の幅の濃度で添加してみたところ、primary infected MEFでは前述のように試した全ての量で着実な増加が見られたのに対し、STEMCCA MEFでは0.5μMで最高効率に達して約60倍の効率改善を示し、それより高い量だと効率が落ちることが分かりました。

同様のパターンが、typeⅠTgfβ receptors, Alk-4, -5, -7を標的とする他の阻害剤であるSB-431542でも観察されました。

これらのデータは、協同的な効果という考えを裏づけする一方、異なった量幅で働く因子を代替する効果がある可能性も示しました。そして、これが、Alk5阻害剤による効率改善の、primary infected MEFにおける高濃度での持続とsecondary STEMCCA MEFにおける減少を説明できるのではと考えました。


そこで、4因子を様々な組み合わせで持つprimary infected MEFを、阻害剤の有無に分けて8日間ドキシサイクリン処理し、iPSコロニー形成を調べたところ、c-Mycなしだと阻害剤なしではコロニー形成が見られないのに対し、阻害剤があるとコロニー形成が見られることが分かりました。

なお、c-MycなしでAlk5阻害剤を用いた場合(OSK+inhibitor)、4遺伝子のみを用いた場合(OSK+M)よりも2.5倍効率が良く、c-MycよりもAlk5阻害の方がリプログラミングを促進することが示唆されました。

さらに、16日間ドキシサイクリンで処理した場合、Sox2なしでも多数のiPS細胞様のコロニーがリプログラミング後期のd14に出現することが分かりました。

阻害剤ありだと50コロニー、阻害剤なしだと4コロニーが形態的にiPS細胞様としてカウントされたのですが、ドキシサイクリンを除くと、両コンディションにおいて多くのコロニーが退行してしまい、これらの細胞は因子発現に依存していることが示唆されました。

それにもかかわらず、両コンディションからコロニーをピックアップして、ドキシサイクリン非依存的な細胞株を形成する能力があるかどうか調べたところ、阻害剤なしでは0/4が増殖できなかったのに対し、阻害剤ありでは3/22がドキシサイクリン非依存的な細胞株を形成できることが分かり、阻害剤がSox2を代替できることが示されました。

ただ、4因子を用いた場合は、6/6全てのコロニーがドキシサイクリン非依存的な細胞株を形成できたので、それに比べると効率は悪いと言えました。

OMK+inhibitor iPS細胞株は、Nanog, Oct4, Sox2ポジティブであり、内因性の多能性遺伝子が活性化している一方、導入遺伝子がサイレンシングされていること、テラトーマ形成により三胚葉分化能を持つこと、成体キメラに寄与できること(ジャームライントランスミッションは未確認)が示されました。


最後に、最初の培養では観察できないような、まれなドキシサイクリン非依存的な細胞を増やし選抜できるように、上記の様々な組み合わせの因子を持つ(OSK, OSMKは除いた)MEFをドキシサイクリンで処理後、継代してドキシサイクリンを含まない培地で培養することで、確かにOMK+inhibitorの時のみドキシサイクリン非依存的なコロニーが得られることを確認しました。

なお、OMK no inhibitorの場合、アルカリフォスファターゼポジティブなコロニーが現れるが、線維芽細胞様の形態を示し、成長することはなく、iPS細胞ではないことが示唆されました。

また、おもしろいことに、c-MycとSox2の両方がないと、Alk5阻害剤処理区でもコロニーを得ることはできなかったことから、阻害剤は、Sox2やc-Mycとは異なって機能し、3つの残った因子によるリプログラミングの背景下で優先的に役割を果たし得ることが示唆されました。





リプログラミングの初期に働くという部分がおもしろいですね~

シグナル阻害によるiPS細胞樹立法の改善 」で紹介した論文のように、ICM様からエピブラスト様への最初の分化の阻害という効果が、ぱっと思いつくのですが、それだったらリプログラミング後期に効きそうなので、そういうわけではなさそうですし。

こういう結果はワクワクしますね。


考察では、TGFβシグナリングの活性化はepithelial-to-mesenchymal transitionを促進することから、逆に、TGFβシグナリングの阻害が線維芽細胞リプログラミング間のmesenchymal-to-epithelial conversionを促進している(線維芽細胞遺伝子の抑制に働いている?)のではないかと推測しています。

なお、阻害剤の効果は、細胞増殖を促進することではなく、むしろ細胞増殖は抑制されること、阻害剤処理により、通常リプログラミングd2に起こる細胞数の減少を緩和できるが、全体的なリプログラミング効率の大幅な改善を説明するものではないこと、アポトーシスを起こしている細胞の割合は阻害剤処理の有無で変わらないこと、ES細胞とMEFの融合によるリプログラミングにおいて阻害剤の効果は見られないこと、ヒトの線維芽細胞のリプログラミングに効果はないことも示しています。





(10月15日追加)

ハーバード大学のLee L. RubinとKevin Egganらのグループにより、TGFβシグナリングを阻害する小分子を用いることで、Sox2なしでもNanogを活性化させてiPS細胞を樹立したという論文が発表されました。


Cell Stem Cell. 2009 Oct 7. [Epub ahead of print]
A Small-Molecule Inhibitor of Tgf-beta Signaling Replaces Sox2 in Reprogramming by Inducing Nanog.

Ichida JK, Blanchard J, Lam K, Son EY, Chung JE, Egli D, Loh KM, Carter AC, Di Giorgio FP, Koszka K, Huangfu D, Akutsu H, Liu DR, Rubin LL, Eggan K.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19818703?ordinalpos=2&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_DefaultReportPanel.Pubmed_RVDocSum

Rubin, Egganらはまず、Sox2の代替となり得る小分子化合物を探るために、Oct4-GFPレポーターを持つマウス胎仔線維芽細胞7500個にOct4, Sox2, Klf4, c-Mycの4遺伝子を導入して、VPAを含むES細胞培地で培養すると100-200個のGFPポジティブコロニーが現れるのに対し、Sox2を除いた3遺伝子を導入した場合では、GFPポジティブなコロニーが現れなくなることを確認しました。

そこで、Oct4-GFPレポーターを持つマウス胎仔線維芽細胞2000個を96ウェルプレートにまいてOct4, Klf4, c-Mycの3遺伝子を導入し、それぞれのウェルに800個の異なった化合物を一つずつ加え、7-11日間培養しました。なお、この際、7日間は2mM VPAでも処理しています。

すると、d16でのGFPポジティブなES細胞様のコロニー数で評価したところ、3つの化合物がヒットすることが分かりました。

3つのうち2つはTgf-βreceptor 1(Tgfbr1)kinaseの阻害剤であるE-616452とE-616451で、1つはSrc-family kinaseの阻害剤であるEI-275でした。


次に、これらの化合物の処理濃度を最適化し、Sox2を代替するためにVPAと協同的に働く効率を調べました。

すると、1500個のMEFにOct4, Klf4, c-Mycを導入してVPAを含む培地で培養してもGFPポジティブなコロニーは出現しないが、25μMのE-616452、3μMのE-616451、3μMのEI-275で処理することで、Sox2に匹敵する効率でGFPポジティブなES細胞様のコロニーが得られることが分かりました。

また、これらの化合物はVPAの存在下で同定されたものであることから、VPAなしでも効果があるのかについて調べたところ、E-616451とEI-275ではVPAなしだとGFPポジティブコロニーが得られないのに対し、E-616452はSox2と同様な効率でGFPポジティブコロニーを得ることができることが分かりました。

さらに、E-616452を用いた場合、c-Mycを除いたOct4とKlf4の2遺伝子だけを導入した場合においても、Sox2と同様な効率でGFPポジティブコロニーが得られることも示されました。

また、成体マウスのしっぽ由来の線維芽細胞からでも、E-616452を加えることで、Sox2を除いた3遺伝子でGFPポジティブコロニーが得られ、iPS細胞を樹立できることも示されました。

これらより、以後、E-616452をRepSoxと命名し、さらに解析を進めました。


RepSoxを用いて樹立されたiPS細胞は、正常な核型を保ったまま自己複製でき、アルカリフォスファターゼポジティブで、内因性のNanog, Sox2を発現しており、グローバルな遺伝子発現もES細胞と類似していることが示されました。

また、胚様体形成およびテラトーマ形成により三胚葉に分化できること、神経細胞に直接分化誘導できること、キメラに高率で寄与でき、生殖系列にも寄与できることが示されました。


次に、RepSoxのSox2代替機能がTgf-βシグナリング阻害を介したものなのか調べるために、RepSoxとは構造的に異なりTgfbr1 kinaseを阻害することが知られている小分子であるSB431542を用いました。

Oct4, Klf4, c-Mycの3遺伝子を導入した線維芽細胞を、25μMのSB431542で処理することにより、7500個の細胞から~10個のGFPポジティブコロニーが得られることが分かりました。

また、様々なTgf-βリガンドを中和する抗体やTgf-βⅡ特異的な抗体のどちらを用いた場合でも、GFPポジティブコロニーが得られることを示しました。

次に、RepSoxがSox2代替に特異的に働くのかどうか調べるために、Oct4, Klf4, c-Myc, Sox2の4遺伝子を導入したMEFを、RepSoxもしくはTgf-β抗体で処理してみたところ、非処理コントロールと比べ、GFPコロニー数の増加は2倍もないことが分かりました。

また、Oct4, Klf4, c-MycのそれぞれをRepSoxで代替できるか調べたところ、VPAがあったとしてもOct4もしくはKlf4なしではGFPポジティブコロニーは得られないのに対し、c-Mycなしの場合、RepSoxで処理することによりGFPポジティブコロニー数が20倍増えることが分かり、SB431542やTgf-β抗体を用いた場合でもリプログラミング効率が改善することが分かりました。

これらより、RepSoxはSox2およびc-Mycの代替となり、その効果はTgf-βシグナリングの阻害を介したものであることが示されました。


次に、いつRepSoxで処理すれば効果的なのかを調べました。

まず、RepSoxで3日間処理したMEFにOct4, Klf4, c-Mycの3遺伝子を導入してもGFPポジティブコロニーは得られないこと、RepSoxで処理したMEFにおいて内因性のSox2もしくはSoxファミリー遺伝子の発現上昇は見られないこと、4遺伝子を導入すると5-40倍抑制されることが知られている間葉系遺伝子Snai1の発現低下が見られないことを示し、RepSoxは既に存在するMEF転写プログラムを不安定化させるものではないことが示唆されました。

一方、RepSoxは、c-Mycのホモログでありそのリプログラミングにおける機能を代替できるL-Mycの発現を5倍上昇させることも分かったことから、これらより、RepSoxは最初の体細胞集団のレベルでc-Mycの代替として働くだろうが、Sox2の代替としては働かないことが示唆されました。

次に、7500個のMEFにOct4, Klf4, c-Mycの3遺伝子を導入し、4日間培養後、RepSoxで3, 6, 9, 18日間処理してみたところ、d4-7の3日間の処理では少数のGFPコロニーしか得られなかったのに対し、d4-13の9日間処理したもので最もGFPコロニーが多く得られることが分かりました。

次に、RepSox処理を始めるタイミングをd4, 7, 10, 13, 16に変え、d22まで処理したところ、d10からRepSox処理を始めると最も効率が良いことが分かり、これらより、RepSox処理はd7-12が最も効果的であることが示唆されました。

さらに、RepSox処理の最短時間を調べたところ、1日だけで十分であることが分かり、また、d10から1日処理するのが最も効果的であることも分かりました。

これらより、RepSoxは、d4から現れるリプログラミング中間細胞に効き、その効果はd10-11でピークに達することが示唆されました。

また、おもしろいことに、d7もしくはd10のどちらからRepSox処理を開始したものでも、GFPポジティブコロニーが最初に現れるのはd14であったことから、RepSoxはリプログラミングプロセスにおいていつもrate-limiting stepになるのではなく、RepSox非依存的なイベントがRepSoxに反応する中間体の形成の間に起こることが示唆されました。


以上の結果は、通常外来遺伝子発現は5-10日必要だということと全く異なっており、RepSoxはリプログラミング活性化スイッチの引き金を引くことが示唆されました。

もしRepSoxがレトロウイルスSox2発現なしで蓄積される準安定な中間細胞種におけるスイッチをオンにするのに働くのであれば、RepSoxに反応できる中間体を長期間に渡って培養できると考え、逆に、もしRepSoxが極一時的な中間体に、ある期間だけ働くのであれば、それらは長期間培養できないはずだと考えました。

そこで、MEFにOct4, Klf4, c-Mycの3遺伝子を導入して10-14日間待った後、10個のiPS細胞様のGFPネガティブコロニーをピックアップして、クローナルに増殖させました。すると、これらの細胞株はiPS細胞様の形態を維持したまま少なくとも5回は継代できるが、Oct4-GFPが活性化することはないことが分かりました。しかし、これらの細胞を48時間RepSoxで処理したところ、10ラインのうち2ラインで5-10%のコロニーがOct4-GFPポジティブになることが分かり、部分的なリプログラミングを受けた細胞はSox2なしでも蓄積し、全てではないが、クローナルに増殖でき、RepSoxに対する反応性を維持したまま長期間培養できることが示されました。

また、このRepSoxの細胞株に対する効果がTgf-βシグナリング阻害によるものなのか確認するために、細胞株OKM 10での、RepSoxの有無におけるリン酸化Smad3のレベルを調べたところ、RepSoxなしでは、リン酸化Smad3が比較的高レベルであり、Tgf-βシグナリングが活性化されていることが示唆されたのに対し、25μMのRepSox処理により、ほとんど全てのリン酸化Smad3がなくなり、RepSoxはこれらの細胞において強くTgf-βシグナリングを抑制していることが示唆されました。

なお、OKM 10細胞をRepSoxの有無で培養した際の増殖率を調べ、RepSox処理はむしろG2/M期の細胞の割合を減少させることを示し、これらの部分的にリプログラミングされた細胞の増殖率を上げるわけではないことも示しています。


次に、MEFへの4遺伝子の導入によって得られる、アザシチジン(AZA)やGSK3βおよびMekシグナリング経路の阻害剤(2i)によって完全なリプログラミングを受けるような、部分的にリプログラミングを受けた細胞株(「統合ゲノム解析を通したiPS細胞樹立メカニズムの解析 」「シグナル阻害によるiPS細胞樹立法の改善 」を参照)が、上記のOct4, Klf4, c-Mycの導入によって得られるRepSoxに反応しうる細胞株と同じであるのか調べるために、10個の安定な中間細胞株をAZAもしくは2iで48時間処理してみたところ、どちらでもリプログラミングされないことが分かり、異なる種類の細胞株であることが示唆されました。

これと一致して、キナーゼ活性のin vitro assayによりRepSoxは2iカクテルのターゲットを阻害しないことも示されました。

ここで、4遺伝子が導入されたMEF由来の非多能性細胞の一部は、外来遺伝子の不十分なレベルの発現により非多能性状態に留まっている可能性があり、それでRepSox処理にも反応したのではないかと考え、MEFに4遺伝子を導入し、d14に9つのGFPネガティブなコロニーをピックアップしてクローナルに増殖させ、RepSoxで処理してみました。すると、9つの細胞株のうち5つでリプログラミングされたコロニーが得られ、2-33%がOct4-GFPポジティブになることが分かり、3遺伝子の場合と同様、4遺伝子を導入した場合でも、RepSoxにより不完全なリプログラミングを受けた細胞をリプログラミングできることが示唆されました。

次に、これらのRepSoxに反応しうる4遺伝子が導入された中間細胞株が、以前に報告された部分的にリプログラミングを受けた細胞株と同じであるか調べるために、上記の9つの細胞株全てを48時間AZAで処理した後、12日間したところ、RepSoxに反応しうる細胞株ではGFPの活性化が見られなかったのに対し、RepSoxに反応しない細胞株のうち1つで、GFPの活性化が見られ、完全なリプログラミングを受けたことが示唆されました。

これらより、レトロウイルス導入により様々な中間体が得られ、それらはリプログラミング分子に対する反応性が異なることが示されました。


次に、Oct4-GFPネガティブな部分的にリプログラミングを受けた細胞株(OKMS 6)をRepSoxで処理し、10, 24, 48時間後のグローバルな遺伝子発現の変化を調べました。

なお、OKM 10をRepSoxで処理してから24時間後、Tgf-βシグナリングにより抑制されているId1, Id2, Id3の発現が上昇することを確認しています。

まず、RepSox処理の最初の48時間以内に、Sox1, Sox2, Sox3もしくは残りのSoxファミリー転写因子の発現上昇は見られないことが分かりました。

また、Sox2以外で一番可能性のあるSoxファミリーメンバーであるSox1をshRNAで抑制しても、RepSox存在下におけるリプログラミングに影響を与えないことも示しました。

次に、さらに広範囲で調べたところ、RepSox処理後の初期で内因性のOct4もしくはKlf4の発現上昇は見られないが、Nanogの発現が最も上昇することが分かりました。(24時間で4倍、48時間で10倍)

一方、RepSoxを用いても完全にリプログラミングされなかった2つのOct4-GFPネガティブな中間細胞株では、Nanog発現の急速な増加は見られませんでした。

よって、RepSoxはNanog発現を誘導することでSox2の代替をしているのではと仮説を立てました。

そこで、RepSoxに反応しうる細胞株を、SB431542もしくはTgf-β抗体で処理し、48時間後にNanogの発現を調べたところ、全てのケースで48-96時間以内にNanog発現が強く誘導されることが示されました。

また、上記の仮説が正しければ、短期のRepSox処理でNanog発現の持続的な上昇を誘導できるはずだと考え、OKM 10を48時間RepSoxで処理した後、48時間経ってからNanog発現を調べたところ、上昇したNanog発現が48時間経っても上昇したままであることが分かりました。

また、MEFに4遺伝子とともにNanog shRNAを導入するとリプログラミング効率が半分になるのに対し、OKM 10にNanog shRNAを導入するとRepSox処理した場合のリプログラミング効率が50倍低くなることを示し、RepSoxによるSox2の代替にはNanogの発現上昇が必要であることが示唆されました。


以前、ES細胞においてSB431542でTgf-βシグナリングを阻害するとBMPシグナリングが活性化されること、また、BMPシグナリングはStat3の存在下においてNanog発現を誘導することが報告されており、Tgf-βシグナリングとBMPシグナリングのクロストークは、Smad4の共通な必要性の結果であると考えられているのと同様、RepSox処理後、不完全なリプログラミングを受けた中間細胞において、リン酸化Smad1タンパクとBmp-3 mRNAのレベルが上昇すること、マウスES細胞と同レベルでLIFレセプターが発現していることが示され、LIFレセプターの下流シグナル伝達経路が活性化され、Stat3が活性化し、Bmpシグナリングと協同でNanogを活性化していることが示唆されました。

RepSoxは線維芽細胞の初期集団にはSox2の代替として働かないので、RepSoxで処理したMEFでNanogの発現上昇は期待されず、実際、Sox2以外の3遺伝子を導入したMEFでは、RepSox処理しても7日以内にNanog発現の増加は見られませんでした。

また、LIFレセプターや活性型Stat3がこれらの細胞では高発現していないことも示されました。


次に、Nanogが直接的にSox2の代替となるかを調べてみました。

まず、コントロールとしてOKM 10にSox2を導入すると、10日後には0.2%のコロニーがOct4-GFPポジティブになることを示し、Nanogを導入した場合でも、0.3%のコロニーがOct4-GFPポジティブになることを示しました。

一方、Oct4もしくはKlf4を導入した場合では、0.04%, 0%だけであり、Nanogが中間体のリプログラミングにおいてSox2の代替となることが示唆されました。

また、7500個のMEFにSox2を除いた3遺伝子を導入してもOct4-GFPポジティブコロニーは得られないが、4遺伝子ならd9で7つのOct4-GFPポジティブコロニーが得られるのに対し、Sox2の代わりにNanogを用いた4遺伝子を導入した場合でも、平均5つのOct4-GFPポジティブコロニーが得られることを示しました。

これらのコロニーはピックアップ後少なくとも5回の継代を経ても、Oct4-GFP発現を維持しており、内因性のSox2発現が強く活性化していること、内因性のOct4, Klf4, Nanog, Rex1を発現していること、Oct4, Klf4, c-Mycの導入遺伝子がサイレンシングされていること、胚様体を容易に形成できることが示されましたが、外来性のNanog発現が弱く見られ、分化量が減少することも分かりました。





上記のKonrad Hochedlingerらのグループによる報告との違いが多々あって、混乱しますね。。

同じ阻害剤なのですが、結果が全然違います。

正直、こちらの論文の結論であるNanog誘導に関しては、ちょっと強引な感じがしました。

もっといろんなところに効いていて、その結果、Nanogが誘導されたと考えるのが妥当ではないでしょうか。

また、「多能性誘導におけるリプログラミング因子の役割 」で紹介したKathrin Plathらの論文において、Sox2の発現は、APポジティブのコロニーを得るのにはたった5日間だけで十分であるが、発現時間が伸びるほどコロニー数が大幅に増加することが分かっており、リプログラミングの広範囲の時期において作用していることが示唆されているので、リプログラミング後期に効くRepSoxは、単純にSox2の代替をしているとも言えなさそうですし。

(訂正:コメントを頂き気付きましたが、Plathらの論文のFigureを見直したところ、Sox2の必要発現時間はd11-13がピークになっており、本論文におけるRepSoxの必要時間と似通っていることから、やはりSox2の代替効果が大きいと言えそうです。)


まぁ、それは置いておいて、部分的なリプログラミングを受けた中間細胞ってのが、色んな種類があって、薬剤に対する反応が違うという部分がおもしろいですね。





(10月20日追加)

スクリプス研究所のSheng Dingらのグループにより、TGFβ receptor阻害剤とMEK阻害剤を組み合わせることで、>200倍の効率で、かつ2倍のスピードでヒトiPS細胞を樹立したという論文が発表されました。


Nature Methods Published online: 18 October 2009 | doi:10.1038/nmeth.1393
A chemical platform for improved induction of human iPSCs
Tongxiang Lin, Rajesh Ambasudhan, Xu Yuan, Wenlin Li, Simon Hilcove, Ramzey Abujarour, Xiangyi Lin, Heung Sik Hahm, Ergeng Hao, Alberto Hayek & Sheng Ding
http://www.nature.com/nmeth/journal/vaop/ncurrent/abs/nmeth.1393.html


Dingらは、mesenchymal-typeの線維芽細胞のリプログラミング時に起こるmesenchymal to epithelial transitionを促進するTGFβ経路アンタゴニストのような因子で、リプログラミングを促進できると考え、以前にリプログラミングを促進するとの報告があったMEK/ERK経路阻害剤(「シグナル阻害によるiPS細胞樹立法の改善 」を参照)や細胞生存を促進する因子との組み合わせについて検討しました。

まず、1×10の4乗個の初代培養ヒト線維芽細胞(CRL2097, BJ)に、OCT4, SOX2, KLF4, c-MYCをレトロウイルスで導入し、d7で化合物を個々に、もしくは組み合わせて処理し、1-3週間後に検査しました。

7日後(d14)、ALK5阻害剤であるSB431542(2μM)とMEK阻害剤であるPD0325901(0.5μM)の組み合わせが最も強い効果を示し、~45個の大きなアルカリフォスファターゼ(ALP)ポジティブなヒトES細胞様の形態を示すコロニーが出現し、うち24個以上がTRA-1-81ポジティブ、6-10個がSSEA4, NANOGポジティブであることが示されました。

また、内因性のOCT4, NANOGのmRNA発現も確認されました。

それに対し、無処理コントロール、PD0325901のみで処理したものでは、NANOGポジティブなコロニーが得られませんでした。

しかし、SB431542のみで処理したものでも、1-2個のALPポジティブコロニーが得られることも分かりました。

また、SB431542の組み合わせの効果、単独での効果は、ともに量依存的であることが分かりました。


SB431542とPD0325901で処理した細胞をd30まで継代なしに培養したところ、1ウェルにつき135個のiPS細胞コロニーが得られ、従来法(1-2個)と比べて>100倍効率が改善することが分かりました。

また、従来法では、部分的なリプログラミングを受けたことが示唆される粒状のコロニーが現れるのですが、SB431542とPD0325901で処理した場合、粒状のコロニーが劇的に減少し、粒状のコロニーよりも数倍ヒトES細胞様コロニーの数が多くなることが分かり、ALK5とMEKの阻害の組み合わせにより、部分的にリプログラミングを受けたコロニーが完全なリプログラミングを受けた状態になることが示唆されました。

また、7日間の処理後でもiPS細胞樹立の促進が見られたことから、これらの小分子処理はリプログラミング効率を改善するだけでなく、その速度も速めることが示唆されました。


このiPS細胞コロニーをピックアップし、ヒトES細胞培地中で培養しようとしましたが、トリプシンでばらばらにすると細胞が死んでしまうことが分かりました。

そこで、化合物のスクリーニングを行い、thiazovivinという小分子をSB431542とPD0325901に加えることで、トリプシンによる継代後のiPS細胞の生存性を高めれることを見出しました。(thiazovivinはヒトES細胞でもトリプシン後の生存性を劇的に改善することも確認している。)

最初10,000個の細胞をまき、d14で1:4の割合で継代したところ、d30には~1,000個のヒトES細胞様コロニーが得られ、d14とd21(1:10)の2回継代することで、d30には~11,000個のヒトES細胞が得られるようになりました。

これらのコロニーは、内因性のOCT4, SOX2, KLF4, c-MYC, NANOG mRNAを高発現しており、NANOG, SSEA4, TRA-1-81タンパクポジティブで、導入遺伝子のサイレンシングが起こっていることが確認されたのに対し、無処理もしくは2化合物を処理した細胞を、トリプシンで継代した場合、iPS細胞コロニーは得られませんでした。


次に、thiazovivin処理培養で見られたリプログラミングの促進が、単に継代後の細胞の生存性を高めたからなのか、SB431542とPD0325901との組み合わせによるリプログラミングの増強効果があるのかを調べるために、継代なしでの3化合物の効果を調べてみたところ、d14までに、NANOGを発現する大きなコロニーが~25個現れ、d30までに、NANOG, TRA-1-81, SSEA4ポジティブなとても大きなコロニーが~205個現れることが分かり、無処理コントロールの200倍以上、2化合物処理区の2倍のリプログラミング効率改善が見られました。


また、レトロウイルスの代わりにレンチウイルスを用いた場合でも、2化合物処理はALPポジティブコロニー数を増加させること、3化合物処理はレトロウイルスベクターからのリプログラミング因子発現に影響を与えないこと、3化合物処理して出てくるコロニー由来のiPS細胞は、ヒトES細胞培養コンディションで容易に安定して培養でき、多能性マーカー遺伝子を発現しており、核型正常で、胚様体形成およびテラトーマ形成により三胚葉分化できることが示されています。





非常に不思議な細胞株です。。

TGFβとMEKの阻害下で、‘ヒトES細胞様’のiPS細胞樹立が‘本当に’できるのであれば、非常に示唆に富んだ論文と言えますね。

単純に考えるとエピブラスト様のヒトiPS細胞樹立は、それらによって阻害を受けると考えられますので。

他の論文でもいろいろ出てきましたが、ICM様もしくはエピブラスト様と単純に二つに分けるのは適切ではなく、その由来や内因性および外来遺伝子発現、外部からのシグナリングにより、細胞は多様な反応を見せるのかもしれません。

また、樹立と維持におけるシグナリング経路の違いとの関連も気になります。

せめて、どの時期に阻害剤が効いているのか調べて欲しかったです。

やはり、マウス以外の種では、一筋縄ではいきませんね。。