小分子化合物によるiPS細胞樹立効率の改善 | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

小分子化合物によるiPS細胞樹立効率の改善

今回紹介するのは、遺伝子導入後の細胞に対して、DNAメチル化酵素(Dnmt)阻害剤やヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤で1週間処理することで、iPS細胞の樹立効率を改善できるかどうかを調べた、ハーバード大学のDouglas A. Meltonらのグループによる論文です。

Nat Biotechnol. 2008 Jun 22. [Epub ahead of print]
Induction of pluripotent stem cells by defined factors is greatly improved by small-molecule compounds.
Huangfu D, Maehr R, Guo W, Eijkelenboom A, Snitow M, Chen AE, Melton DA.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18568017?ordinalpos=2&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum

Meltonらはまず、Oct4-GFPマウス由来の胎仔線維芽細胞(MEF)に、Oct4, Sox2, Klf4, c-Mycの4遺伝子をレトロウイルスを用いて導入して培養すると、7日目に0.03%±0.02%の細胞がGFPポジティブになり(細胞をばらしてFACSで解析)、13日目まで同じレベルで維持されることを確認しました。
一方、Dnmt阻害剤である5-アザシチジンで処理することにより、約10倍(0.50%±0.06%)GFPポジティブな細胞が増えることを示しました。
アザシチジンの効果は濃度依存的に上昇し、2.4μMでピークに達することも分かりました。
また、合成グルココルチコイドであるデキサメタゾンと組み合わせて使うことで、アザシチジンの効果が2.6倍向上(1.3%くらい)することが分かりました。

次にHDAC阻害剤である、スベロイラニリド・ハイドロザミック酸(SAHA)、トリコスタチンA(TSA)、バルプロ酸(VPA)の3種類の小分子化合物の影響を調べました。
この結果、VPAを用いた場合がもっとも顕著で、100倍以上(~11.8%±2.2%)の効率改善が見られることが分かりました。(TSAでも1.5%くらいまで改善できる。)
なんとこれは、4つの因子が全て導入された細胞(13-41%)のうち、全てではないものの、ほとんどにリプログラミングが誘導されたと言える効率となります。驚きですね。
アザシチジンと同様、VPAの効果は濃度依存的に上昇し、1.9mMでピークに達しました。
化合物で処理しない場合、8日目にGFPポジティブのコロニーが現れることはないのですが、アザシチジンを用いた場合は10個、VPAを用いた場合は241個のコロニー形成が確認されました。
2週間の間に、アザシチジンであれば8倍、VPAであれば40倍のコロニー形成が見られました。
ガン遺伝子であるc-Mycを除いたOct4, Sox2, Klf4の3遺伝子を用いてもiPS細胞を作製できることが知られていますが(「ガン遺伝子c-MycなしでのiPS細胞の樹立
」を参照)、作製効率が低下し(<0.001%)、作製に要する時間も長くなるという問題があります。
そこで、アザシチジンもしくはVPAが作製効率を改善できるかどうかを調べました。
10日目で、FACSを用いてGFPポジティブの細胞数を調べたところ、アザシチジンを用いた場合は3倍、VPAを用いた場合は50倍の効率改善が見られました。
この3遺伝子+VPAを用いた場合の効率(2%強)は、4遺伝子を導入する場合よりも高率でした。
また、GFPポジティブのコロニー数も、VPAで処理しない場合と比べて、20から30倍増えることが確認されました。
これにより、約30日待ってからコロニーピックアップする必要があったのが、2週間で可能になることになります。

次に、Oct4, Sox2, Klf4の3遺伝子とVPAを用いて作製したiPS細胞の特性を調べています。
作製されたiPS細胞は、ES細胞と類似した形態を示し、アルカリフォスファターゼ染色ポジティブで、未分化細胞マーカーであるNanog, Oct4, Sox2, SSEA-1を発現していることが示されました。
また、グローバルな遺伝子発現も、ES細胞とほとんど同じであることが示されました。
テラトーマ形成により三胚葉分化し、キメラ形成においても高率で全身に寄与し、ジャームライントランスミッションできることも示されました。
これらより、VPAを用いても、非常にES細胞と類似したiPS細胞を作製できると結論付けています。
なお、VPAが遺伝的な変異の原因とならないかを調べるために核型解析をしたところ、染色体レベルの異常はほとんど起こらないことも分かりました。

最後に、MEFに、遺伝子を導入せずに、VPAで1週間処理することで、どのような遺伝子発現の変化が起こるか調べたところ、MEFと比べてES細胞で10倍以上高発現している968の遺伝子のうち66%が、VPAを処理することで、2倍以上発現上昇する一方、2倍以上発現低下するのは4.5%だけでした。
例えば、Rex3, Zfp7の2遺伝子は、20倍も発現上昇することが分かりました。
逆に、MEFと比べてES細胞で10倍以上低発現している214の遺伝子のうち55%が、VPAを処理することで、2倍以上発現低下し、2倍以上発現上昇したのは6.2%だけでした。
例えば、Aspn, Meox2の2遺伝子は、20倍も発現低下することが分かりました。
これらより、リプログラミングにおけるVPAの影響は、ES細胞特異的遺伝子の活性化と、MEF特異的遺伝子の不活化の集合的な影響ではないかと結論付けています。




TSAがリプログラミングを改善するであろうことは以前から予見されていましたが、Sheng Dingらのグループによる化合物を用いたiPS細胞樹立に関する論文(「化学的・遺伝学的手法を組み合わせたiPS細胞の樹立 」を参照)に出てきていなかったんで、あれっ?と思っていたところでした。

今回の論文はTSAと同じHDAC阻害剤であるVPAに注目したところがミソですね。

ちなみに、ダグラス・メルトンと言えば、Pdx1, Ngn3, MuAの3遺伝子を導入することで、エクソクリン細胞をβ細胞に分化転換させた(「遺伝子3種類で「インスリン」細胞を作り出す 」を参照)ことで最近ニュースになりましたね。
ほんま、ハーバードはあほほど層が厚いです。。




(10月14日追加)
上記の記事は、マウスの細胞を用いての研究でしたが、ヒトの細胞を用いての続報が、同じハーバード大学のDouglas A. Meltonらのグループによって発表されました。
しかも、VPAを用いることにより、導入する遺伝子も、Oct4とSox2のみで良いという、大きなおまけ付きです。

Nature Biotechnology
Published online: 12 October 2008 | doi:10.1038/nbt.1502
Induction of pluripotent stem cells from primary human fibroblasts with only Oct4 and Sox2
Danwei Huangfu, Kenji Osafune, René Maehr, Wenjun Guo, Astrid Eijkelenboom, Shuibing Chen, Whitney Muhlestein & Douglas A Melton
http://www.nature.com/nbt/journal/vaop/ncurrent/abs/nbt.1502.html

Meltonらはまず、ヒト新生児由来初代培養線維芽細胞であるBJ細胞とNHDFに、VSV-Gでシュードタイピングしたパントロピックなレトロウイルスを用いて、Oct4, Sox2, Klf4の3遺伝子を導入した後に、1~2週間VPAで処理したところ、処理しない時に比べ、10~20倍ES細胞様のコロニーが増加することを示しました。
(このES細胞様のコロニーは形態だけでなく、遺伝子発現もES細胞様であることを示し、以後、ES細胞様のコロニー形態を示すということだけで、iPS細胞のコロニーであるとみなすことにしています。c-Mycなしで出てくるコロニーは高率でiPS細胞になることが分かっているので、妥当であると言えますね。)
さらに、遺伝子導入してすぐに線維芽細胞培地にまき、次の日にES細胞培地に培地交換する。コロニーピックアップまで細胞を継代したり、フィーダー細胞上にまき直したりしない。という改良を行いました。
すると、~30倍の効率改善が見られ、VPA処理と合わせると、~1%の効率までコロニー形成効率が改善することが分かりました。
これは、同じ3遺伝子を用いてヒトiPS細胞を樹立した過去の報告(「ガン遺伝子c-MycなしでのiPS細胞の樹立 」を参照)における効率(~0.001%)と比べて、~1000倍も効率改善したと言えます。
(ただ、用いている細胞種やウイルス感染効率が違うので単純な比較はできないのですが。)

次に、上記のような改良法を用いることで、使用する遺伝子数を減らせないか調べました。
異なった組み合わせの2つの遺伝子を、BJ細胞とNHDFに導入したところ、Oct4とSox2の組み合わせの時のみ、ES細胞様のコロニーが得られることが分かりました。
この際、100,000個のBJ細胞もしくはNHDFから、平均して1~5株のiPS細胞が樹立できました。
この効率は、OCT4, SOX2, KLF4の3遺伝子を用いVPAを用いない従来の方法と変わらない効率であり、KLF4の必要性がVPA処理で代替できるとも言えますが、3遺伝子を用いVPAを用いた場合と比べて、~200倍効率が悪くなることから、KLF4は必要ではないが、効率向上に効果的であることには変わりないことが分かりました。

これらのOct4とSox2の2遺伝子で作製されたiPS細胞は、核型が正常であり、DNAフィンガープリンティングにより線維芽細胞由来であることが確認され、AP, NANOG, OCT4, SOX2, SSEA4, TRA-1-60, TRA-1-81およびGDF3, OCT4, NANOG, SOX2といった多数の多能性マーカーを発現することが示されました。
また、調べたすべてのiPS細胞株において、導入した遺伝子がサイレンシングを受けていることが示されました。
さらに、胚様体形成およびテラトーマ形成により三胚葉分化でき、ドーパミン産生ニューロン、心筋、内胚葉・すい臓系に分化誘導も可能であり、OCT4とNANOGのプロモーター領域の脱メチル化も確認され、グローバルな遺伝子発現もヒトES細胞とよく似ていることも示されました。




いや~「さすが」と言わざるを得ない、きれいで膨大なデータ量です。

ダグラス・メルトンは昔、発生生物学の分野でカエルを扱っていて、その筋では知らぬ人がいないくらいのスーパースターだったらしいんですが、二人の子供がともに若年性糖尿病を発病したため、その治療法を開発すべく、再生医療の分野へと転身された方です。
さも当たり前のように、すい臓組織への分化誘導も試みているあたり、その情熱がひしひしと感じられますね。




(10年3月8日追加)
ジョンズ・ホプキンス大学のLinzhao Chengらのグループにより、酪酸がエピジェネティックリモデリングおよび多能性関連遺伝子の発現を促進することでヒトiPS細胞樹立を大きく改善することを示した論文が発表されました。

Stem Cells. 2010 Mar 3. [Epub ahead of print]
Butyrate Greatly Enhances Derivation of Human Induced Pluripotent Stem Cells by Promoting Epigenetic Remodeling and the Expression of Pluripotency-Associated Genes
Mali P, Chou BK, Yen J, Ye Z, Zou J, Dowey S, Brodsky RA, Ohm JE, Yu W, Baylin SB, Yusa K, Bradley A, Meyers DJ, Mukherjee C, Cole PA, Cheng L.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20201064?dopt=Abstract

Chengらは、以前の報告で試された小分子に加え、結腸細胞においてKLF4を活性化することを含む哺乳類細胞において多面的効果を示し、mMレベルで用いた時、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤として働くことが知られている酪酸について、リプログラミングに対する効果を調べてみました。
まず、ヒト胎児線維芽細胞IMR90にレトロウイルスでOct4, Sox2, Klf4, c-Mycの4因子(OSKM)を導入し、2-3週間後にTRA-1-60で生きたまま染色してpre-iPSコロニーを同定する実験系を構築し(これらのコロニーからiPS細胞を樹立できることを示している。)、ウイルス量などのパラメーターを改良して、10x10^4 cellのIMR90から遺伝子導入後d16で~32のTRA-1-60陽性(or pre-iPS)コロニーがコンスタントに得られることを確認しました。
そこで、DNAメチル化酵素阻害剤である5-Aza-deoxycytidine(Aza)およびRG108、G9aヒストンメチル化酵素阻害剤であるBIX01294、HDAC阻害剤であるValproic Acid(VPA)、Sodium Butyrate(NaB)の5つの小分子クロマチン修飾物質を、様々な濃度・リプログラミングの時期(遺伝子導入後d2-11のうち、初期:d2-6、後期:d7-11、全期:d2-11)で添加する効果について調べました。(「化学的・遺伝学的手法を組み合わせたiPS細胞の樹立」もご参照下さい。)
すると、5-Azaは以前に効果があると報告された濃度では、どの時期に添加しても毒性が強すぎることが分かり、以後の解析から除外しました。
それに対し、他の化合物は適切な濃度で添加すると、一つもしくは両方の時期で効果が認められ、特に、RG108とBIX01294とVPAで有意な効果(2-15倍)が見られました。
また、驚いたことに、NaBはさらに効果があり(さらに3-6倍)、全期(d2-11)で添加すると、51倍もリプログラミング効率が改善され、インプット細胞の15-20%のレベルでヒトES細胞様のコロニー形成が見られるようになることが分かりました。
さらに、酪酸の効果は、初期よりも後期での添加が効いていることも分かりました。
なお、酪酸は、最初の6日間においてOSKM導入の有無に関わらずIMR90の増殖を促進しないこと、d12でのFACS解析により単一細胞レベルでのTRA-1-60発現にも酪酸の効果が認められることも示しました。
また、酪酸を用い、d18でコロニーピックアップして樹立されたヒトiPS細胞株は、多能性マーカーを発現しており、正常核型を示し、胚様体形成およびテラトーマ形成によって多能性を持つことが示され、ゲノムワイドな遺伝子発現解析によってもヒトES細胞との類似性が示されました。

次に、4人の成人ドナー由来の間葉系幹細胞を用いても酪酸のリプログラミング改善効果が認められること(3-27倍)を示しました。
また、この際、d6でのMEFフィーダー細胞上への継代なしでも、同様な効率改善が見られることも示しました。
さらに、幅広い濃度(0.125~0.5mM)において、VPAやTrichostatin A(TSA)のようなHDAC阻害剤よりも酪酸の方が効果があること、酪酸処理するとd12でのコロニーピックアップでも多能性を有するiPS細胞が樹立できることを示しました。
次に、成体間葉系幹細胞から患者特異的iPS細胞を樹立できるか調べるために、鎌状赤血球症(SCD)の患者さんの骨髄由来の間葉系幹細胞を樹立し、酪酸のiPS細胞樹立に対する効果を調べたところ、~24倍の効率改善が認められ、d12もしくはd18のTRA-1-60陽性コロニーから5つのiPS細胞株の樹立に成功しました。
なお、このiPS細胞も、多能性マーカー発現、正常核型、胚様体形成およびテラトーマ形成によって多能性を持つこと、ゲノムワイドな遺伝子発現解析によってヒトES細胞との類似性が示されました。

次に、酪酸のHDAC阻害活性の重要性を評価するために、p300/CBP特異的なHAT阻害剤であるC646と構造的に類似しているが活性を持たない化合物であるC37を用いました。
2.5-20μMのC464で処理すると、濃度が濃くなるとともに基底のリプログラミングが抑制されることが分かり、おもしろいことに、C464はリプログラミングに対する酪酸の効果も阻害し、試した最高濃度で効果が24倍から4倍にまで減少することも分かりました。
さらに、アセチル化H3K9を認識する特異的抗体を用いて染色し、OSKMを導入した線維芽細胞を4日間酪酸で処理することでアセチル化が亢進することを直接的に確認しました。

次に、少ないリプログラミング因子を用いた時でも同様な酪酸の効果があるのか調べました。
以前の報告と同様、c-Mycを除いた3因子(OSK)では、TRA-1-60陽性のヒトES細胞様コロニーの数が有意に減り、出現も遅れましたが(d28 or later)、c-MycもしくはKlf4なしの場合(OSK、OSM)、より顕著に(>100-200倍)酪酸の効果が現れることが分かりました。
なお、OSK導入し、酪酸処理してd21のiPSコロニーをピックアップして、多能性を持つiPS細胞株が樹立できることを示しています。
また、BIX01294は酪酸と協同して3因子によるリプログラミングをさらに促進することも分かりました。

次に、リプログラミングプロセスでのゲノムワイドな遺伝子発現における酪酸の効果を解析するために、OSKM導入したIMR90細胞を、4日間、酪酸もしくはVPAで処理し、d6もしくはd12で回収して遺伝子発現解析をしました。
IMR90細胞と比べてヒトES細胞とiPS細胞で高度に発現している25遺伝子に注目したところ、d6, d12でのこれらの遺伝子の発現はVPAと酪酸の両方で促進され、また、VPAは酪酸と同様な促進パターンを示すものの、その促進は概して弱いことも分かりました。
例えば、DPPA2の発現は、OSKM導入後d6でVPAと酪酸によりそれぞれ23倍、47倍強くなることが分かりました。
また、ゲノムワイドなマイクロアレイ解析に加え、ヒト特異的なプライマーを用いたRT-PCRによっても、キーとなる多能性関連遺伝子の内因性発現に対する酪酸の効果も確認されました。
d6においてDPPA2, DPPA3, DPPA4, DPPA5, NANOGの発現は酪酸によって有意に上昇したのに対し、内因性のKLF4もしくはリプログラミングに用いた4導入遺伝子の発現は促進されませんでした。
また、フィーダー細胞なしでd2-6の4日間の処理後、d6で促進が見られたことから、VPAを用いた以前のデータと同様、酪酸とVPAは直接的にヒト線維芽細胞に作用し、内因性の遺伝子を活性化することが示唆されました。

次に、リプログラミングの間のキーとなるエピジェネティックマーカーのゲノムワイドな動態に対する酪酸の影響を調べました。
まず、2つのES細胞株(H1, H9)、9つのiPS細胞株とそれらの元となった線維芽細胞(IMR90, MSC1640, BASC)における27,578個のCpGサイトのDNAメチル化を調べたところ、iPS細胞はヒトES細胞と高度に類似したパターンを示し、元となった線維芽細胞とは異なっていることが分かりました。
大部分(>78%)のメチル化は、メチル化されているかメチル化されていないかのまま不変であったものの、1,174個(4.4%)はリプログラミングにおいてDNAメチル化が減少しており、それにはOCT4やDAPPA4などの多能性関連遺伝子が多く含まれていることが分かった一方、17.5%が線維芽細胞からiPS細胞へのリプログラミングでメチル化されており、iPS細胞は線維芽細胞よりもメチル化されていることが分かりました。
そこで、酪酸処理の有無でのd6, d12において、上記の脱メチル化したクラスターのデータを用いて解析したところ、成功裏にリプログラミングされたiPS細胞株はES細胞株とともに底にプロットされ、元となったMSCは上にプロットされ、リプログラミングを受けている初期の細胞は元となったMSCの近くにプロットされたのに対し、酪酸で処理したサンプルは、d12で後者のグループの外にあり、iPS/ESグループの方向へ移動していることが分かりました。
また、遺伝子発現データと一致して、OCT4, DPPA2のようないくつかの多能性関連遺伝子のプロモーターは、酪酸の存在下で(特にd12で)より脱メチル化されていることも分かりました。
DPPA2遺伝子の発現上昇が、酪酸による促進の新規のエフェクターであるという仮説を検証するため、IMR90細胞もしくはBASC線維芽細胞に、OSKMとともにDPPA2を導入したところ、どちらでも>2倍効率が改善することが分かり、DPPA2は酪酸のターゲットである可能性が示唆されました。

最後に、酪酸がヒト細胞リプログラミング全般に効果があるのか調べるために、piggyBacトランスポゾン(「piggyBacトランスポゾンを利用したiPS細胞の樹立法」をご参照下さい。)を用いてOSKM+Lin28の5因子をSCD患者由来のMSCであるヒトBASCに導入してみたところ、4レトロウイルスベクターを用いた時よりも~50倍効率が悪くなり、passage 5-7の細胞ではTRA-1-60陽性コロニーの形成が見られなくなったのに対し、d2-6もしくはd2-11に酪酸で処理すると有意に(~25倍)リプログラミング効率が改善し、継代を重ねた細胞からもiPS細胞を樹立することに成功しました。
なお、樹立されたiPS細胞も、多能性マーカー発現、正常核型、胚様体形成およびテラトーマ形成によって多能性を持つこと、ゲノムワイドな遺伝子発現解析によってヒトES細胞との類似性が示されています。
ちなみに、データは載っていませんが、TGFβシグナリング阻害剤であるSB431532と酪酸を組み合わせると、~70倍の効率改善が見られたとのことです。(SB431532だけだと6倍)




酪酸は天然物ですし、合成化合物と比べて、聞こえはいいですね。くさいですが(笑)
もっと上のジャーナルに掲載されてもおかしくない素晴らしい成果ではないでしょうか。




(10年7月9日追加)
上記の論文に続き、ノースカロライナ大学のYi Zhangらのグループによっても、Butyrate(酪酸)がiPS細胞樹立を促進することを示した論文が発表されました。

J Biol Chem. 2010 Jun 16. [Epub ahead of print]
Butyrate promotes iPS cell generation.
Liang G, Taranova O, Xia K, Zhang Y.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20554530?dopt=Abstract

Zhangらは、マウスおよびヒトのES細胞の自己複製を支持することが最近示された短鎖脂肪酸である酪酸に注目し、iPS細胞樹立を促進できないかと考えました。
まず、Sox2-GFPレポーターを持つマウス胎仔線維芽細胞(MEF)に、レトロウイルスでOct4, Sox2, Klf4, c-Mycの4遺伝子を導入し、様々な濃度の酪酸の存在下で培養してみたところ、d6にはES細胞様の形態を持つGFP陽性コロニーが現れ、0.25-1mMの間で用いるとd8でのリプログラミング効率が量依存的に促進され、1mMの時に最大7倍増加することが分かりました。
しかし、より高い濃度(1.5, 2mM)では細胞毒性を示し、GFP陽性コロニーが現れなくなることも分かりました。
d12でも、0.5, 1mMの酪酸処理で約2倍GFP陽性コロニーが増加すること、その効果はVPAと同等であることも分かりました。
また、この際、アルカリフォスファターゼ(AP)陽性コロニー数についても調べたところ、低濃度(0.25-1mM)の酪酸を用いると、GFP陽性コロニー数は増えるが、AP陽性および全体のコロニー数が濃度依存的に減少することが分かりました。
これによりGFP陽性/AP陽性およびGFP陽性/全体コロニー数がともに高くなり(0.5mMで20%→66%と63%→83%、1mMで92%, 96%にまで増加)、AP陽性, GFP陰性は減るがAP陰性, GFP陰性コロニー数が多いままであるVPAよりもGFP陽性/全体コロニー数が高くなることが分かり、多能性細胞へ運命付けられていない形質転換細胞や部分的なリプログラミングを受けた細胞の形成を抑制していることが示唆されました。

次に、1mMの酪酸を用い、4因子もしくはc-Mycを除いた3因子によるリプログラミング動態への影響を調べたところ、4因子を用いた場合、効果が見られなくなるd16まで、酪酸はGFP陽性コロニーの形成を2-3日加速するのに対し、3因子を用いた場合、酪酸はリプログラミング効率にネガティブな効果を示すことが分かり、酪酸のリプログラミング促進効果は外来性のc-Mycに依存することが示唆されました。
また、d12でのAP陽性コロニー数について調べてみたところ、4因子の場合でも3因子の場合でも、酪酸は全体コロニー数とGFP陰性コロニー数を強く減少させることが分かり、4、3因子に関わらず、酪酸は形質転換細胞や部分的なリプログラミングを受けた細胞の形成を抑制することが示唆されました。
ちなみに、その他の組み合わせの3因子を用いた場合でも、酪酸のポジティブな効果は見られなかったとのこと。
なお、酪酸存在下で現れるGFP陽性コロニー由来のiPS細胞は、酪酸なしで標準的なES細胞培地で培養できること、ES細胞様の形態を示すこと、高いAP活性を持つこと、Oct4, Sox2, Nanog, Fbxl15, Utf1を発現していること、テラトーマ形成により三胚葉分化できることが示されています。

次に、酪酸がリプログラミングに影響する期間を調べるために、感染後すぐに酪酸で処理し、d12までの異なるタイムポイント(2日間おき)で除去してみたところ、遺伝子導入後、2-4日間だけの酪酸処理で全期間処理した時と同様な効果が得られることが分かりました。
また、異なるタイムポイントで酪酸添加を始め、d12まで処理した際のリプログラミング効率を調べたところ、遺伝子導入後2日後からの酪酸処理で最大のポジティブな効果が得られることが分かり、酪酸はリプログラミングプロセスの初期に機能することが示唆されました。

次に、遺伝子導入したMEFを酪酸で処理して48時間後のグローバルな遺伝子発現を解析したところ、c-Myc依存的な様式での酪酸処理により、幹細胞でよく発現している遺伝子の発現が増加することが分かった一方、MEFでよく発現している遺伝子の発現減少は、4因子、3因子に関わらず、見られないことが分かりました。
また、4因子リプログラミングにおける酪酸処理では337個の遺伝子が少なくとも2倍発現上昇したのに対し、3因子の場合、182個だけであること、前者の337個中199個は、3因子では発現上昇されず、c-Myc依存的であることが分かりました(Mreg, Krt12, Bex1など)。
ちなみに、酪酸処理により、p53, p21, Ink4a, Arf発現の抑制が見られるかどうかも調べましたが、むしろp21やArfのわずかな発現上昇が観察され、p53-p21経路やArfとの関連を否定しています。




Linzhao Chengらの報告との違いが気になりますね。
元の細胞種によるc-Myc発現の違いってどれほどのものなのでしょうか。。




(10年7月12日追加)
中国科学院のDuanqing Peiらのグループによって、マウスiPS細胞を樹立するのに適したiSF1という培地を考案し、その効果はMyc依存的であること、この培地を使うとOct4とKlf4の2遺伝子だけで髄膜細胞からiPS細胞を樹立できることを示した論文が発表されました。

J Biol Chem. 2010 Jul 1. [Epub ahead of print]
Towards an optimized culture medium for the generation of mouse induced pluripotent stem cells.
Chen J, Liu J, Han Q, Qin D, Xu J, Chen Y, Yang J, Song H, Yang D, Peng M, He W, Li R, Wang H, Gan Y, Ding K, Zeng L, Lai L, Esteban MA, Pei D.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20595395?dopt=Abstract

Peiらはまず、システマティックな候補因子の試験の後、DMEM/F12に10% KSR, 1/200 N2, L-glutamine, NEAA, penicillin/streptomycin, 1000U/ml LIF, 5ng/ml bFGFを添加した培地(fSF1)が、Oct4-GFPマーカーを持つMEFの増殖およびリプログラミングを促進することを見出しました。
また、iPS細胞誘導の際、fSF1を、Knockout-DMEMに15% KSR, L-glutamine, NEAA, penicillin/streptomycin, β-mercaptoethanol, 1000U/ml LIFを添加した培地(KSR培地)に徐々に置換してみた(d0-d1:fSF1、d1-2:3:1、d2-3:2:2、d3-4:1:3、d4以降:KSR培地)ところ、さらにリプログラミング効率が向上することが分かりました。
また、以前の報告通り、MEK阻害剤であるPD0325901、GSK3阻害剤であるCHIR99021、LIFを添加したN2B27培地を用いてMEFをリプログラミングできないことを確認しました。

次に、徐々に培地を置換する方法を必要としないような培地を開発するために、fSF1およびKSR培地中に存在する全ての構成要素の比較的な寄与を調べてみたところ、基礎培地の選択が決定的であり、HG DMEM, LG DMEM, M199, DMEM/F12, KO-DMEM, KO-DM/F12, α-MEM, RPMI1640の8つの基礎培地のうち、DMEM、特に高グルコースのDMEMが最もリプログラミングに適した基礎培地であることが分かりました。
そこで、fSF1の基礎培地を高グルコースDMEMに置換し、iSF1と名付けたところ、iSF1は、FBSを含む培地と同様にMEFの増殖を支持できるだけでなく、Oct4/Klf4/Sox2/Myc(OKSM)の4因子もしくはOct4/Klf4/Sox2(OKS)の3因子によって非常に高率でリプログラミングできるようになることが分かりました。
なお、この培地だとリプログラミングの全期間用いても、徐々に培地を置換する方法よりも、リプログラミング動態が促進されることも分かりました。
また、iSF1において、bFGFを加えたり除いたりすることにより、bFGFが最適なリプログラミング効率に重要であることが示されました。
さらに、不完全なリプログラミングを受けたGFP陰性コロニーとGFP陽性コロニーの数を比較したところ、OKSMの場合、完全にリプログラミングされたGFP陽性コロニーの変換を通して高い効率が得られた一方、OKSの場合、総コロニー数が増加し、そのほとんどがGFP陽性であったことから、OKSMとOKSとで、iSF1による促進は機構的に異なることが分かりました。
また、iSF1は、OKSMもしくはOKSを導入したMEFにおいて、Nanogおよび内因性のOct4の発現を有意に促進させること、後にGFP陽性コロニーになる感染後d4での小さなGFP陽性細胞が出現するようになること、感染後d10にはNanog, Rex1などの多能性遺伝子がiPS細胞コロニーにおいて検出されること、同時に導入したDsRedのサイレンシングが感染後d9で見られるようになることが示されました。
また、Oct4-GFP陽性コロニーから樹立されたiPS細胞は、AP, Nanog, Rex1, SSEA-1陽性であること、Nanog近位プロモーターが脱メチル化されていること、グローバルな遺伝子発現がマウスES細胞と類似していること、多能性マーカーであるNanogとRex1が再活性化しており、導入遺伝子がサイレンシングされていること、正常核型を維持しており、テラトーマを介して三胚葉分化できること、キメラに寄与できることが示されています。

次に、上記の結果からiSF1は、リプログラミングを促進・抑制したり、リプログラミング因子の代替となるような化合物のスクリーニングに有用な基礎培地であると考え、PD0325901, CHIR99021, PD+CIHR, SU5402, Y-27632, Vitamin E, Vitamin A, A83-01, SB203580, Dorsomorphin, TSA, VPA, JAK inhibitor, 5-Aza-dC, BIX01294, Bayk8644の16化合物について試してみたところ、それらのほとんどはリプログラミングを促進することはなく、TSAとVPAのみ、リプログラミングを促進できることが分かりました。
なお、OKSを用いた際の方がOSKMよりも、濃度や継代といった最初の培養条件に感受性があることも分かり、後期継代や低濃度で誘導される細胞老化やアポトーシスにMycが拮抗している、もしくは、OKSMによるiPS細胞樹立効率が、基礎培地において、変化に感受性があることが示唆されました。
感染後d8でのGFP陽性コロニー数によって判定したところ、最も適した条件で、リプログラミング効率はOKSMでは2.89±1.05%、OKSでは0.595±0.135%であり、標準的なマウスES細胞培地と比べ、それぞれ約300, 500倍効率向上することが示されました。

次に、「神経幹細胞および髄膜細胞からのiPS細胞樹立」で紹介したように、内因性のSox2を発現しており、iPS細胞樹立において外来性Sox2導入を必要としない髄膜細胞のリプログラミングにiSF1を応用できないか調べました。
すると、標準的なマウスES細胞培地を用いた際、Oct4とKlf4のみでは髄膜細胞をリプログラミングできないのに対し、iSF1を用いるとiPS細胞を樹立できることが分かりました。
なお、樹立されたiPS細胞は、Oct4-GFP, SSEA-1, Nanogを発現していること、キメラに寄与し、生殖細胞に分化できることが示されています。




KSR, bFGF, N2という組み合わせは考えたことがなかったですね。。
力技の勝利でしょうか。
bFGFがマウスES細胞樹立にどう関わっているのか気になるところです。




(11年1月9日追加)
マックス・プランク研究所のJames Adjayeらのグループにより、cAMPアナログである8-Bromoadenosine 3', 5'-cyclic monophosphate(8-Br-cAMP)がヒト線維芽細胞のリプログラミング効率を2倍向上させ、VPAと組み合わせることで6.5倍に上昇すること、その効果はp53タンパク質の一時的な減少、サイトカイン関連、炎症性経路、自己複製を支持するcyclinコード遺伝子CCND2, CCNA1, CCNE1の発現上昇、p53(CCNB2, GTSE1, SERPINE1)および細胞周期(PLK1, CCNB2)経路の発現降下を介したものである可能性を示した論文が発表されました。

Stem Cell Rev. 2010 Dec 1. [Epub ahead of print]
A Cyclic AMP Analog, 8-Br-cAMP, Enhances the Induction of Pluripotency in Human Fibroblast Cells.
Wang Y, Adjaye J.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21120637?dopt=Abstract

8-Br-cAMPがヒト線維芽細胞における多能性誘導を促進する」をご参照下さい。