「部屋は、どこだ?」
「あの、こちらです。」
「あぁ……。」
命令の口調ではないにも関わらず、命ぜられるままに従ってしまう……。
コレットの部屋の前にたどり着くと、美しい男はその中へと入って行ってしまった。それをただ呆然と見送るセラ。
「大丈夫だよ、少年。」
「え?」
そんなセラの肩を、全身を黒い布で隠した男が軽く叩いた。
「あの方を前にして、普通に怒鳴りつけたり説教したりできる人間はまずいない。裁判の時のように離れた位置ならまだしも、面と向かった人間が正常に頭を回して対応できるわけがないんだ。」
「……………。」
「だからコレットは貴重な存在なんだけれど……。君たちにも、コレットは大事かい?」
質問の意味が分からない。
だが、混乱する頭の中、セラはコクリと一度だけうなずいた。
「大事な、方です。俺たち兄弟の師匠で、この村の人に慕われて、頼りにされている優秀な薬師ですから。」
コレットが来るまで、この村には薬師はいなかったのだ。
やっと、定住をしてくれた薬師。
何かといえば頼りにされ、休んでいる姿は見たことがなかった。
見習いとしてコレットにつく前でも、師の生活の様子が凄まじかったことは、ちょっと彼女を見ているだけで分かった。
それでも、流行り病に立ち向かう姿を見て。自分たちも命を救う仕事をしようと、コレットの家の戸を叩いたのだ。
「薬師が他にいれば、コレットはもういらないかい?」
「そんなわけがないでしょう。例え、優秀な方が来られたとしても、それはコレットさんじゃないのだから。」
別れの時はいつか来るのかもしれない。
でも、他の『薬師』がきても、それはコレットではないのだから。
「村の皆は、コレットさんだから信用しているんです。今回だって、コレットさんが言うから、子どもを預けてくれた人が多かった。そして、コレットさんはその信頼に応えてくれた。」
この診療所に迎えた人たちは、一人も残さずその命を救った。
元気に帰っていく姿を、ボロボロ、ヨロヨロとした不眠不休の身体で手を振って送ったのだ。
「……こんなところで、なくしていい人じゃない。」
コレットは、まだ若い。
想像はつかないけれど、これからきっと、恋だってするのだ。…セラからすれば、仕事が恋人のような人に見えるけれど。
もしかしたら、結婚だってするかもしれない。…セラからすれば、仕事と結婚しそうな人に見えるけれど。
コレットの可愛い子どもも生まれるかもしれない。…セラからすれば、これもまた薬草が子どもみたいに見える時だってあるけれど。
全ては可能性であり、不確かな未来だけれど。目の下の隈がとれないワーカーホリックな師ではあるけれど。
コレットは、若く、そして器量の良い娘なのだ。
薬師としての幸せ以外の『幸福』も、感じてもらいたい。尊敬し、慕う人物であるがゆえに。
「そうだね。俺も、コレットがいなくなると困るからね。」
目の前の、黒づくめの男の、唯一見える目元が笑みの形に細まる。
「それに、俺以上にハデ……旦那様には、コレットが必要だから。」
「え……?」
「あの人、君たちの師匠に惚れ込んじゃってるの。」
「えぇ!?」
この世の者とは思えぬ美貌を誇る青年。
恋や愛などという言葉とは無縁のような硬質な男のように見えたのに。
「じゃ、じゃあ余計に部屋になんていれちゃったらっ!!!お、俺はなんてことをしてしまったのか……!!!!」
「あぁ、大丈夫大丈夫。健全な人間の男の子が妄想するようなことは起こらないから。多分。うん。俺もちゃんと見張っているから大丈夫。止められるかは微妙だけど。大体、病気で苦しむ女性に、なおさら負担を強いるような鬼畜なことをするのは、あの人の弟だけで十分だから。」
パニックをおこすセラに、「ド~、ド~。」と適当な落ち着きを促す声をかけながらも、黒づくめの男もコレットの部屋へとスタスタと歩んでいく。
「あっあの!!」
「大丈夫。俺たち、この病気にはうつらないから。コレットの様子をちらっと見たらちゃんとすぐに出てくるから。」
それだけを言い残すと、軽く手を振りながら、男はコレットの部屋の中へと消えていく。
「……………。」
そんな彼らを、どうしても止められず…かと言って、その場から動き出すこともできず、セラはその場に立ち尽くしていた。