かけがえのない日々~迎えた朝~ | ななちのブログ

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このブログは、スキップビート好きの非公式2次小説作成SS中心です。作品については、あくまで個人の趣味で作成しています。
馬車馬のごとく働く社会人ですので、更新スピードは亀ですが、よろしければお読みください☆

「ふぅ……。」



 蛇口をひねり、水を止めながら蓮は小さく溜息をつく。

 そして、水滴で濡れる顔をタオルで拭いながら鏡に映る自分自身を見た。



「……………。フッ。」



 寝不足で少しくたびれた表情はしているものの、顔色は良好だ。

 身体はだるさがあるが、精神的な活力としては漲るほどである。

 

 今日の午後からの仕事に支障は出ない…いや、絶好調でこなすことができるだろうと確信して、蓮はもう一度鏡の中の自分を見る。



「…………良い目をしているじゃないか。なぁ?」



 語りかけるは自分自身。だが、それは『敦賀蓮』にかけた言葉ではない。



「ちょっと中途半端かな?でも、ミス・ウッズがいないし……。」



 ハゲに対する危機感はないものの、自分でいじるには後ほどの美の女神が恐ろしい。今後、一切仕事で関わってくれなくなっては『敦賀蓮』として生きていけなくなるので、仕方がないことだと思うことにする。



「……でも、『コレ』が今の『オレ』なのかもしれないな………。」



 鏡の中で笑っている男。

 その男の瞳は、いつもの濡れるような黒い瞳ではなかった。

 

―――コーンの瞳って、とっても綺麗ねェ~~~~……―――



 うっとりと、とろけるような声でそう言ったのは、幼い6歳の女の子。



―――綺麗な緑色の瞳……でも、光にあたると一瞬だけ赤茶色に変わるのよ?うふふっ、素敵な魔法みたい……―――



 メルヘンワールドに半分飛んでしまっている、夢見る乙女の大きな潤んだ瞳こそが、綺麗だったことを今でも覚えている。



「……君の瞳の方が綺麗だよって言ったら、どう返してくれたんだろうな……。」



 もはや戻ることはできない過去の出来事だけれど。

 思うままに語れなかったあの瞬間から、すでに『彼』の心はキョーコのものだったのかもしれない。



 あの日より、大人びてしまったけれど。

 今、鏡の中にいる人物は、少女を夢見心地にしてみせた、緑の瞳をしている。

 しかし、それを縁どる髪は、金色ではなく……。

 むしろその対極に位置されてしまうことが多い、漆黒の髪。



「半分妖精、半分人間……?半分『コーン』で半分『敦賀さん』。……どう取るだろうな、あの娘は。」



 う~~ん、と腕を組んで少女の反応を想像してみる。



 未だ、二人で過ごした寝台にいる女の子は、先ほどやっと夢の国に旅立ったところだった。



「…………。まぁ、何だっていいか。」



 一晩中。二人で話をした。

 たくさんたくさん、話をした。



 少女は、蓮の話を聞いて、怒って、泣いて、笑って、恥ずかしがった。

 蓮の腕の中で暴れて叫んで、蓮をぎゅっと抱きしめてくれて、お腹を抱えるほどに笑い転げて…そして、全身を真っ赤にしながら蓮から顔をそむけてみせた。



 そんなキョーコの反応が可愛くて、何度も何度もキスを送り、キスをせがんで。

たくさんの口付けを送り、送り返された。



 そうして、世界が陽の光の恩恵を受け、白み始めるころ。

 疲労の限界に達した少女が眠りについて、今に至る。



「……………。」



 『敦賀蓮』との日々は、彼女が腕の中で眠りにつくまでの間に、大体は語ることができた。

 けれど、『彼』とキョーコの物語はそれだけではないから。



「……『オレ』も一緒に、受け入れてくれるかな?」



 『敦賀蓮』はキョーコに対して決して紳士的ではなかったけれど。『クオン』のような罪を負った人間ではない。

 けれど、この21年間を生きてきたのは、『敦賀蓮』だけではなく、『クオン』も一緒なのだから。

 だから、語ることを未だ恐れる話をも、少女に伝える必要がある。



――― 一緒に、います。―――



「うん。一緒に、いたい。」



 ……一緒にいるために。

 全てを、愛しいあの娘に伝えよう。



 鏡を見つめる。



 鏡の中にいる男は、少し情けない表情をしているが…それでも。

 その瞳の色に、絶望の光だけはなかった。










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