思い出してしまった。溢れる想いを偽ることができずに…誰にも聞こえないくらいの小さな声で、願った言葉を。
いいえ、違うわ。だって、あんなに小さな声だったもの。…敦賀さんは、役になりきっていたもの。聞いているはずないわ。
「さっき…カットがかかる前に君が小声で言った言葉…」
「ヒッ…!」
でも、その私の期待は虚しく外れ。…言われた瞬間に、身体中が冷えていくのが分かった。
『かえして…敦賀さんを…連れていかないで…離れるのは嫌なの…もう…一人にされるのはイヤ…お願い、連れて行かないで…』
私が願った、とんでもない願い。
「ご、ごめんなさいっ、すみません、忘れてくださいっ!お願いしますっっ」
「嫌だ。そのお願いは聞けないな」
「なん…」
最近は、とても優しい敦賀さん。なのに…今日の敦賀さんは、ぴしゃりと私の願いを跳ねのけた。
「あ…そ、そうですよね。後輩の立場をわきまえずに、思ってはいけないことを口走ったことで不快に思われたんですよね。それは分かってます。」
まして演技中に。ヨコシマで、醜い想いを敦賀さんに押し付けようとした。
……最低だ、私は……。
「いくらでも謝ります、お願いです、忘れてくださ「ダメだよ」」
「っ!!」
これまで敦賀さんは、自分の過ちを認め、真摯に謝れば許してくれたのに。それなのに……
「ゆ、許してください……お願いします。どうか……許して下さい……。許して……」
去り行く愛しい人。どれほど謝って、泣いて、縋って…追いかけても、ニ度と振り返ることなく、去って行く……お母さん。
あんな風に、私は敦賀さんを失ってしまうのだろうか?一人に、されてしまうのだろうか?
想像するだけで恐ろしくて。
溢れる涙を止められず、ただ許しを乞う言葉しか口をついて出てこない。
―――愛して欲しいなんて言わないから。だから、どうか……―――
「うれしくて、どうにかなってしまいそうなのに…忘れるなんてできないよ」
「だから忘れて下さいと……え?」
強く私を抱きしめる敦賀さん。私の肩に顔を埋め、心底嬉しそうな声が、耳に響く。
「う…れ…しい?」
「うん、そうだよ。あの言葉が…どんなに嬉しかったか」
嗚咽を漏らす私の背を、優しく撫でてくれる優しい人。肩口に埋めた彼の頭が動き、拘束が少し緩む。
「どう、して?私がうっかり漏らしたあの言葉を…敦賀さんが嬉しいって言うの…?」
意味が分からない。罵声を浴びせられ、去って行かれるのなら理解できるけれど…。嬉しい、と言われる意味が分からない。
優しくて…穏やかな笑顔を向けられる訳が分からない。
「分からない?」
「すみません。皆目見当もつきません」
敦賀さんは私の答えにがっくりと肩を落としたようだけれど…次の瞬間、なぜだかその表情が変わった。
その顔は……
「――――っ!!!????」
で、出た~~~~~~!!
夜の帝王~~~~~~~~!!!!!
えっ、えっ!!??何で!?何でこのタイミング!!??
わ、わわわわ、私ってば、一体敦賀さんの何のボタンを押しちゃったの~~~~!!??