「そういえば、俺が取材に来た時は、まだハンバーグなんかなかったですよね?」
「うん。キョーコちゃんからハンバーグが大好きだって聞いたから、いつか食べてもらおうと思って練習していたんだよ。そんなことをしているうちに、なんだか店一番の人気料理になってしまってね。」
「クスクス…キョーコちゃんを思い浮かべてこだわりすぎましたか?」
「そうみたい。まだキョーコちゃんに一口も食べてもらってないんだけど。」
「あはは」と笑った後、稲田は蓮を見つめる。
「君もね、本当に初めてこの店に来た時から変わったよ。なんていうか…肩に凝り固まっていたものがほぐれた気がする。」
「…そう、ですね。」
「敦賀君。」
「はい。」
「演技は、好きかい?」
突然の質問に、蓮は目を大きく見開いた。
稲田は決して、芸能関係者ではない。
だからこそ、この質問が出てきたことに心の底から驚いたのだ。
だが。
「…はい。」
「……そうか。」
なぜかは分からないが、稲田であれば、蓮の気持ちを分かってくれるような気がした。
稲田はそんな蓮の答えに静かに肯くと、突然鉄板に火をつけ始める。
「稲田さん?」
「キョーコちゃんと食べてもらうハンバーグ、作るから。二人で食べてよ。」
「え?」
「どうせ一緒に暮らしているんだろう?」
「!?なんで知っているんですか!?」
「ふふんっ。料理人っていうのは繊細な職業なんだよ?お客さんの変化なんて、一目瞭然さ。」
「覚えておくんだね?」とニヤリと笑ってみせる稲田に、蓮は笑顔を返すしかなかった。
……全く、どうして俺や最上さんの周りには、曲者っぽい大人しかいないんだろう……
「では…。よろしくお願いします。」
「うん。ついでに目玉焼きの焼き方を教えてあげるよ。どうせ君、料理できないんだろう?」
「それは助かります。」
「僕はスパルタだからね?しっかり習得して帰ってくれ。」
「…はい。」
エプロンを渡されると、蓮はそれを受け取り、立ち上がった。
……全ては、愛しい少女のため……
定休日の鉄板料理の店からは、いつも以上に暖かな空気が流れていた。