「俺と君…本当に、ろくな出会い方をしなかったよね……。」
「え?あ、いえ…。ま、まぁ、お互いに好印象とは言えないでしょうけれど…。」
過去を振り返るように、天井を見上げながら呟く蓮。後悔の色が滲む彼の呟きを否定しようとしたのだが。…記憶を振り返ってみると打ち消す言葉など浮かぶはずもなく、キョーコはしどろもどろに肯定の返事をした。
「ごめん。あの時の俺にもし出会えたら、絶対に殴ってやるんだけれど。」
「!?え?いえ、結構です!!わ、私もあなたにくってかかっていましたし!!顔だけ俳優だって思っていたし、むしろ嫌いでしたから!!」
「……。そうか、そんなに俺の印象、悪かったのか……。」
「あっ!!す、すみません!!思わず本音がっ!!」
「……。素直すぎるのもあまり関心しないな。特にこの業界ではね……。」
ガックリと肩を落とし、蓮は両手で顔を覆った。傷ついていることが充分に分かる蓮の姿に、キョーコはすぐさま土下座をし、「すみませんっ!!」とへコヘコ頭を下げる。
「クックッ…。やっぱり記憶がなくても、君は最上さんだね。」
地に伏せ頭を上げ下げし続けるキョーコを掌の間からこっそりと見つめた後、蓮は「もういいから」と下げようとするキョ―コの頭に掌を当てた。
「君の、その面白おかしい正直すぎる言動が、多分俺達の接点を増やすことになったんだと思う。」
「へ?」
「あれだけの騒動、デビューしたての新人タレントが起こせるなんて、奇跡に近いからね。」
「……え!?わ、ワタクシは一体、何をしでかしたんでしょうか!?」
「え?聞きたい?」
「いっいえ!!やっぱり今度にします!!」
楽しそうに話す蓮を見る限り、あまり悪いことではないのかもしれない。
しかし、この業界でもトップに君臨する男に『奇跡』と言わしめる所業をしたのかと思うと、今すぐ聞くと心臓が止まってしまう恐れがある。
キョーコは逃げるかのように頭を高速に横に振って、語ろうとする蓮を止めた。
「あ~~…。それで。本題は…何で俺が君を好きかってこと、だよね?」
「あ……。はい……。」
だが、それ以上に心臓に悪い話をふっかけたままだった。
…しかし、その話から逃げては意味がない。それこそが確かに『本題』なのだから。
キョーコは姿勢を正すと、蓮をしっかりと見つめた。
「正直に言うとね。俺も分からないんだ。」
「え?」
「君は、恋愛に対してものすごく否定的だし、不破君への執着だって半端ない。常軌を逸していると思う時もある。」
「!?ショータローへの感情は執着ではありません!!嫌悪です!!憎悪です!!殺意です!!」
「ほら、名前を出すだけでそんな風になる。」
尚の名前が出た途端に、鬼のような形相になり、オドロオドロしいオーラを放ち始めたキョーコの額を「ぺチリ」と軽く叩いて、蓮は溜息をついた。
「確かに面倒な子だよね、君は。」
「すっ、すみません。思わず……。」
「まぁ、こと『恋愛』に関しては、俺も君のことを言えないけれど。」
「え?」
蓮からの額への刺激により我に返ったキョーコ。額をさすりながら反省をしていたら、蓮から思いがけない言葉を聞かされる。
「だって、俺も恋をしないようにしていたんだから。…いや、恋、というより、俺個人の心に入ってこようとする人間を排除していた、というのが正しいのかもしれない。そういう意味では俺も立派な『愛の欠落者』。君の仲間だね。」
そう言いながら、キョーコの目の前で少し寂しそうに微笑む美しい人。
「君を気にしだしたのは、随分前だったと思うよ?社さんからよく冷やかされていたからね。」
クスクスと、笑いながら過去を振り返る蓮に、キョーコは一言も発することなく彼を見つめていた。
「でも、認めるつもりなんかなかった。どれだけ君を可愛いと思っても、一緒にいるのが楽しいと感じても。君を好きだと、必要だと想う心は受け入れないつもりだった。」
耳に馴染む、優しいテノールの声。
その声が紡ぐ言葉達。
それにじっと耳を傾ける。
「幸いにして最上さんは高校生だったし、俺にとっては『子ども』として認識していい立場にいた。それも利用させてもらって、君じゃダメなんだと思おうとしたんだ。」
「敦賀さん……。」
「でもね。ちょっとでも自覚したらもう無理だった。君を好きだという感情に急速に蝕まれていって、どれだけストップをかけようとしても止まることができなかった。俺の心に侵入する君を拒むどころか、俺から追いかけるような愚行もした。」
目を瞑り、静かに語る蓮はとても美しかった。…けれど、その美しい彼が語る話の『彼女』が自分であるとは全然思えない。
思えない、というのに。どうしてこんなに、心が暖かくなってくるのだろう?
「何がきっかけ、ということはなかったと思う。そもそもどんな感情も、『きっかけ』を探すのは難しいと思うよ?それが友情にしろ、恋情にしろ、ね。」
「…………。」
「君と出会って、反発して。でもその後、色々な事があってお互いの誤解を解いて認めあった。そして一緒に困難を乗り越えて……。そんな日々の中で、俺は『最上キョーコ』さんに恋をした。」
「………。」
「こんなことしか言えないけれど……。これじゃ、不満かな?」
「いっ、いえっ!!」
首を左右に振り、否定するキョーコに蓮は瞳を開けて微笑んでみせた。
今、話してくれたことは。
多分、具体的な理由を連ねてくれるよりも深い、根本の部分にある話なのだと、思う。
そんな風に彼から想われている、記憶のある『最上キョーコ』が、なぜだか羨ましく感じた。