友だちでいようと決めた。
この国で最も重いものを背負って生きる、帝である彼の。
平民の私と帝の志季。
どんなにあがいたって越えられない一線はある。
想いは勝手に膨れ上がり、叶わない願いが胸を締め付ける事はあるけれど…。
それでも。
彼の傍にいたいから。
だから、友だちでいようと決めたんだ。
だけど……
*****
「香蘭殿!!」
急ぎ足で門へと向かっていた香蘭に、穏やかな青年の呼びとめる声が聞こえる。
「あっ、雨帖様……。」
振り返るとそこには優しい笑顔を浮かべる雨帖の姿があった。
「今日はずいぶんと早いお帰りですね。」
「あ、うん。…えへへ、ちょっとね。」
ごまかすように笑ってみせると、そんな香蘭をしばらく見つめた後、雨帖は彼女を手招きした。
「え……?」
「お話があります。どうぞ、こちらへ。」
突然、真剣な表情をみせた雨帖は、戸惑いながら後に続く香蘭を、王宮内にある雨帖専用の室へと招き入れる。
「まずは、あなたに謝らなければならないことがあります。」
「え……?」
卓に淹れたてのお茶を置き、「どうぞ」と香蘭に勧めた後、雨帖は彼女の向かいに座り、話を切り出した。
「あなたが悲しいお顔をしていらっしゃるのは……陛下と、何かあったからですね?」
「…………。」
まっすぐに香蘭を見つめる雨帖の瞳。その視線の前で笑顔を浮かべ続けることができず、香蘭は俯いてしまった。
「別に、何もないよ。多分、当然のことなんだ。」
「え?」
しかし、何とか気持ちを立て直すと、香蘭は顔をあげて雨帖を見た。
「私は平民で、志季は帝だもん。もともと、越えられない壁があったんだ。」
本来であれば、出会うはずもなかった。志季が命を狙われて、王宮から抜け出すことがなければ。怪我を負ってそれを香蘭が見つけなければ。
けれど、香蘭と志季は出会ってしまった。…それは、あってはならない交わり。
「志季って、あんな性格でしょ?それに雨帖様や円夏様みたいに志季の周りにいる人達が優しかったから、私はここに来ることができたんだ。」
これまでが特別だっただけで。その『特別』という名の関係は、帝や彼を取り巻く貴族が切ろうと思えば切ってしまえる関係だった。
「それに甘えていたのに、私は勘違いをしていた。」
帝と平民の間に平等な友情など、芽生えるはずがないのだ。
それに、香蘭と志季の間には、抱く感情に大きな差がある。
志季は香蘭を『友』と呼ぶけれど……。香蘭は、心から志季を『友人』と呼ぶことはできない。
抱いてしまった感情は彼の隣に誰か違う女性がいると思うだけで、絶望してしまうほどのものだった。
とても友情などと美しい言葉を使える感情ではない。