香蘭を、見守る。
私ができる方法で。
私なりの方法と、これまで通りの「友人」としての距離感で。
愛しい笑顔を守るために全力で幸せにする。
…そう誓ったのは、遠くない過去のこと。
私の決意は、固いはずだった。誰よりも幸せになって欲しい人を幸せにすることこそが、私の存在意義なのだと思っていた。
だけど……
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「どうかしたの?」
「えっ……。」
突然かけられた心配そうな少女の声に、志季はぼんやりとしていた意識を覚醒させた。
「やっぱり、体調悪い?」
目の前には、志季がプレゼントをした簪をさした香蘭がいた。そんな彼女は、湯呑みを両手で抱えながら志季を心配そうに見つめている。
「いや、大丈夫だよ。」
「でも、顔色も全然よくないし。ぼ~っとしてばっかりだし…。」
「大丈夫だって。」
「だけど!!この会話、今日4回目だよ!?心配して当然じゃん!!」
ぎゅっと眉間に皺を寄せて言う香蘭は、今日もいつも通りだった。変わりなく、志季の傍にいてくれて…そして、一緒にお茶を飲んでくれている。
「さっ!!志季、行くよっ!!」
「えっ?」
「も~~!!さっき約束したでしょ!?今度ぼんやりしたら、今日はお仕事やめて寝るって!!」
「円夏様もいいって言ったもん!!」と香蘭は怒った表情で席を立ち、志季の右手を両手でつかむ。
「そんな約束、したかな?」
「したよ!!それも覚えてないの!?」
「も~~~っ!!」と顔を真っ赤にしながら怒る香蘭は、近くで控えていた円夏と目配せをすると、志季の腕を引っ張った。
「でも、せっかく香蘭とお茶をしていたのに…。」
とりあえず促されて立ち上がったものの。一つも口をつけていないお茶を見るとそこから動く気がもてない。
香蘭とのお茶の時間は実に一週間ぶりなのだ。
それこそ、『アノ夜』以来。香蘭の姿を見ていなかった。
「それよりも、今はちゃんと身体を休めてっ!!聞いたよ!?最近、全然眠っていなくて、仕事ばっかりしているって!!」
「…………。」
目をつむれば。眠ってしまえば。
香蘭が幸せそうに微笑んで、志季の前からいなくなる。
そんな夢しか見る事ができない。
…それなのに、休めるわけがなかった。
「ちゃんと休まないとダメ!!ほらっ、行くよ!!じゃあ円夏様、志季、連れていくね!!」
「はい、よろしくお願いします、香蘭殿。」
「うん!!任せて!!」
使命感溢れる表情で胸を一度「ドンッ」と叩き、香蘭がグイグイと志季を引っ張った。
久しぶりにおとずれた、愛しい少女との逢瀬の時間。けれど、必死になって志季を動かそうとし続ける香蘭を見ていると、こちらが折れるしかなさそうだった。
「分かった、じゃあ行こうか。」
長く深い息を吐いて、志季は香蘭に手を引かれるまま、執務室を出て行った。