(伝説のおわり①)
東京都、某マンションには。
つつがなく穏やかに清貧生活を送る、某人気№1俳優と可愛い後輩タレントが暮らしていた。
「ところで、京子ちゃん。」
「はい?」
本日で残す日程はあと2日。ここにきても食材は豊富にあり、この伝説は達成されることが充分に見込まれていた。
そんな2人は、テレビ収録のためにリビングでこの一ヶ月間を振り返っていたのだが。
蓮がふと思い出したように、キョーコに問いかけた。
「京子ちゃんは、どうして今回のチャレンジを達成させたかったの?」
「へ?」
思い起こせば、キョーコは真剣にこの生活に取り組んでいた。相手が女優ではなく蓮であったのに、辞退を申し入れることはなかったし(多分ヒール兄妹で慣れたのもかもしれないが…)、買い物においては先輩をダシにするという姑息な手段を用いた。
ありとあらゆるものを節約してやろうという、妙な迫力があったように感じる。
「あ…の。それは……、その。このチャレンジがうまくいけば、とてもステキなものがもらえるって聞いたので……。」
そんな蓮の質問に対し、「敦賀さんを巻き込んでしまって申し訳ないのですが…」と言いにくそうに応える少女。
「へぇ?それは初耳だな。一体何が貰えるの?」
「え?」
それは本当に蓮が知らなかったことだ。キョーコがチャレンジャーのサポートに是が非でも付きたいと思ったのは、彼女が欲しいと思っているものが絡んでいるとは思いもよらなかった。
「具体的に何が貰えるの?」
「えっ…。いえ、あの……。」
キョーコが、欲しいと思うもの。
それは今後、彼女に何かプレゼントをしたいと思った時の参考になるかもしれない。そんな下心もあり、蓮は真剣にキョーコを問い詰めにかかろうとする。しかし、キョーコは何やらモゴモゴと呟くばかりで、一向に答えが出てこない。
「……言わなかったら、明日、差し入れを貰ってやる。」
「え!?」
あまりにもいい淀むキョーコに痺れを切らした蓮は、突然子どものようなことをぼそりと呟いた。
「つっ、敦賀さん!!後2日です!!たった2日の辛抱なんですよ!?」
「別に俺は伝説の樹立に興味はないし、賞品にも心が引かれないしね。」
「ひっ、ヒドイ!!敦賀さんのいじめっこ~~~!!」
半泣きになりながら訴えてくるキョーコに、蓮はにっこりと、それは美しく笑ってみせる。
「俺も君を泣かせるのは本意じゃないんだ。だから、ね?何が貰えるの?」
「うぅぅ~~~っ……。」
「さぁ、吐いちゃいなよ。きっと楽になるよ?」
「……なんだか取調室にいるような気分です……。」
上目使いで睨んでくる少女を「可愛いなぁ」と思いながら見つめる蓮の瞳は、とても穏やかで優しいくせに。…絶対に折れてはやらないという強い意志が感じられた。
「……便利キッチングッズです……。」
「え?」
「いただける賞品。例えば野菜の皮がむけるグローブとか。」
「????」
キョーコは正直に話をしてくれているのだろう。不本意そうではあるが、彼女の表情に嘘はなかった。
でも。
……聞けば聞くほど疑問が浮かぶ。
「なんで必要なの?」
「え?」
「君にはそんなもの、必要ないじゃないか。」
例えばキャベツの千切りにしても。キョーコは包丁一本で、熟練された主婦のように、よそみをしながら、細かくも美しい千切りを見る間に作ってしまうのだ。
そんな彼女に、『便利キッチングッズ』とやらが必要とは思えない。
「だって…。」
「?うん。」
「もうすぐ、2月なんですもの……。」
ぼそり、と呟かれたのは、これまた奇妙な発言。
「……そうだね、2月だね……。」
だからどうしたと、蓮は思ったわけだけれど。言われたキョーコは、頬を膨らませ、真っ赤になりながら怒っていた。
「だから!!敦賀さんへのっ、その、お、お誕生日プレゼントに、と。思っていたんですっ!!」
「っ!!」
「ままよ」とばかりに言ってのけたキョーコは、言った瞬間、大きな瞳から涙を吹きこぼし始めた。
「えっ!?ちょっ、ちょっと、最上さんっ!!??」
「うぅぅ~~!!分かってますよ!!敦賀さんには必要ないってこと!!でも、敦賀さんの食生活が心配なんです~~!!」
「だって、しばらく行かなかったら冷蔵庫の中、空っぽなんだもの~~!!」と泣きながら主張するキョーコに、蓮はカメラがあることも忘れてオロオロと慌てふためいた。