いつか『その日』が来ると分かっているけれど。
今だけでいい。傍にいさせて。
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「こんにちは!!」
「やぁ、香蘭。」
「「こんにちは、香蘭殿。」」
王宮の門を潜ってしばらく行くと、志季と円夏様、雨帖様がいる執務室に辿り着く。
いつも忙しそうに難しいお話をしている3人は、私を見つけるとその手を止めてこちらを見てくれる。
「えっと…。お邪魔、かな?」
「いいえ、むしろ助かります。香蘭殿がいてくださらないと、あいかわらず休憩もろくにとろうとしませんからね。」
「私達は休ませていただいているんですけれどね。」
遠慮気味に入って行った執務室では、執務机についていた志季が既に立ち上がって、机の上を整理し始めている。
その様子を見ながら「困ったものだ」と嘆く円夏様の後ろで、苦笑いを浮かべる雨帖様。
「香蘭、お茶にしよう。今日は東方から珍しいお菓子をもらったんだ。」
「え!?お、お菓子?」
「そう。私も食べるから、君も食べてよ。」
「香蘭殿。陛下と一緒に食べてさし上げてください。」
「すぐ女官にお茶の準備をさせますので。お待ちくださいね、陛下、香蘭殿。」
ニコニコと笑いながら私を招き入れてくれるのは、この国の『帝』、志季。…本当の名前は宗……え~~と、何だっけ?とにかく私は特別に、彼の幼名を呼ぶことを許されている。
「今日も学校だったんだよね?」
「うん!!今日はね、栄養学の勉強だったんだよ!!あのね、実はしいたけって……」
綺麗な女の人が、私と志季の前に盛られたお菓子と香り高いお茶を並べてくれる。お礼を言いながら、私は今日あったできごとを志季に報告した。
「そうなんだ。しいたけってすごいんだね。」
「そうなんだよ!!」
私の話を、志季は嬉しそうに肯いて聞いてくれる。傍には雨帖様がいて、同じように優しい笑顔を浮かべてくれていた。
「香蘭。」
「?なに?」
級友である叔豹が授業中に居眠りをして、先生からこってり叱られていたことや、双子の夸紅と夸白と話した事、吏元の当たらない占いが今日は当たったことなど、楽しかった話をしていると、志季が突然真面目な顔になる。
「どうしてお菓子を食べないの?」
「え?」
言われて私は目の前に置かれた色とりどりの可愛らしいお菓子を見つめる。
東の国からやってきた、帝に献上されるためのお菓子。
下町に売っているお饅頭とは全然違う、きっととても貴重で、珍しい食べ物。
……それを、ただの平民の私が食べてもいいのだろうか……?
「えっと……。」
前にもあった。私のために何かをしてくれようとした志季に、「私は平民だから」と断ったことが。
そしたら志季は、少しだけ寂しそうな顔をしたんだ。
私の答えが正しいはずだから、間違ったことをしたとは思っていない。私は志季に何かをしてほしくて一緒にいるわけじゃない。
ただ望んでいることは……
パキンッ
「へ?」
「はい、香蘭。」
どう答えようかと悩んでいると、突然何か固いものが割れる音がした。
音がした方を見ると、それは志季の手元で。
志季は手に持ったお菓子を二つに割っていたんだ。
「私とはんぶんこしよう。」
ニコニコと、穏やかな笑みを浮かべながら志季が提案をする。
「あまり食欲がないんだ。だから、半分手伝って。」
「……えぇ~~…?」
「頼むよ」と、笑ってみせる、ズルくて優しい人。
「仕方がないなぁ……。」
「ありがとう、香蘭。はい、どうぞ。」
差し出した掌にのせられる、形のいびつなお菓子のかけら。
綺麗なままなら私に相応しくないけれど、これなら私に合っている気がした。