○月×△日 17:00 晴れ 某大学某キャンパス前広場にて
「カ~~ット!カット、カット~~~!!」
夕日が射し込む時間帯。某大学キャンパス内にて繰り広げられる今回の青春映画。
本日何度目になるか分からない、俺の演技の中止を促す声が響き渡る。
「す、すみません……。」
「おいおい、どうしたんだよ。体調でも悪いのか?」
俺が眉を顰めながら近づいて行ったのは、深刻な表情で項垂れ、謝る長身の男の前。周囲もこれまでリテイクなしの完璧な演技をほこっていた男のまさかの不調に、ザワザワと騒ぎ始めている。
「いえ…体調が悪いわけではないんですが……。」
「いや、でもお前、顔色真っ青だぞ!?目が充血してきているし。」
俺の目の前にいる、今回の映画の主演俳優の一人。
大丈夫だと主張するその男は、青ざめた表情をしていた。瞳も潤んでいて、何とか笑顔を作って見せている姿が痛ましかった。
「敦賀さん、大丈夫ですか?もしかして体調がすぐれないとか……。」
「いや、大丈夫。」
そんな男の腕にそっと小さな手を乗せて、本作のヒロインが気遣う。すると、力のない笑みを浮かべながらも主演俳優殿は少女に心配はないと言ってみせた。
「でも……。」
「本当に大丈夫だから。それより、ごめん。迷惑をかけて……。」
「いえっ!!むしろ勉強になるので私は嬉しいくらいです!…でも、敦賀さんはこの後、お仕事が控えているのに……。」
そう、蓮の拘束時間は後1時間。しかも、空の状況を見ても後1回しかチャンスはない。かなり押している状況ではあるが、なんとかキョーコちゃんとのシーンを撮りきってしまわなければならないのだが。
「監督も、申し訳ありません……。」
「いや、お前がこれまでオトしまくった20人の女性陣に比べたら大した迷惑にはなってないんだけれどさ……。しっかし、この話はどこまでいってもこのシーンがネックになるんだなぁ。」
本作ヒロインの『白雪』と、興味本位で近付いた白雪に、後に本気で惚れて切ない恋を経験する『中条』。そんな二人の初めてのコンタクトとなる本シーン。
お色気ムンムンで口説きにかかる『中条』を、白い目で睨みつけて「近寄るな」と言い放ち、挙句の果てには彼の脛を蹴りあげて去って行く男前ヒロイン『白雪』。『栗林』の前では切ない恋に揺れる乙女のような表情をすることがあるのに、その他の男(特に最低な女っタラシ男)には一切の気を許さないすばらしい気性を現すための重要なシーンだ。
これまではヒロインのことごとくが『中条』の色気に当てられて目をハート型にし、足腰が立たなくなって撮影が続行できなくなるばかりだったというのに……。
今、『白雪』が『中条』の心配をするほどの余裕を見せ、『中条』が項垂れてしまっている。
「監督。」
「うぉっ!?」
さて、どうしたものかと考えていた俺の背後から、突然地を這うような低い声がかかる。
「なっ、なんだよ、社君。」
「ここは俺に任せてくれませんか。」
「……。いや、でも。」
『任せてくれ』という心強い台詞とは裏腹に、俺の目の前には担当俳優と同じように目がうつろになっている優秀なマネージャー殿の姿がある。
「ここは俺達に任せてくださるしかないんです。」
「え?」
「俺とキョーコちゃんに、任せてくださいっ!!」
社君は、その台詞と共に俺の背後から前に出て、蓮とキョーコちゃんの腕を掴むと走り去る。
「「えっ、社さんっ!?」」
「おっ、おいっ!!社君っ!!」
「10分!!10分だけ時間をください~~~!!」
俺に制止の言葉を与える間もなく、普段冷静沈着な蓮のマネージャーは、驚きの表情を浮かべている主演二人を連れて、猛ダッシュで現場を抜け出して行く。
「なんだ、一体……。」
「社さん、一体どうしたんでしょう?」
俺と助監督は、人気俳優と新人タレントの腕を引きながら野次馬共をお得意のブリザードで凍らせつつ去って行く優秀なマネージャーの後ろ姿を見つめる。
彼の得意技については何度も見たことがあるが、今回のような奇行は初めてだ。
「まっ、ともかく…。」
担当俳優が俳優だけに、マネージャー殿も時間通りに行動する男だ。10分たったら間違いなく帰って来るだろう。
それに蓮が調子を戻してくれると言うなら、願ったり叶ったりだ。