(それでも二人は先輩後輩①)
都内某マンションの一室。そこには夫婦でもなければ同棲中の恋人でもない、まして友人でもない1人の青年と1人の少女が生活をしていた。
「敦賀さん、敦賀さん!!」
「え?なに?」
軽い朝食をとった後。仕事に向かう準備をする蓮を呼び止めたのはキョーコだった。
「これ、昼食に召しあがって下さい。夜はお届けにあがりますので。」
「あ、ありがとう。」
玄関先で満面の笑顔を浮かべたキョーコから渡されたのは、見覚えのある巾着袋。その中身を想像すると、思わず笑みを浮かべてしまう。
「でも、こんなこと、大変じゃないのかい?これを毎日繰り返すなんて……。」
「いいえ!!全然大変なことじゃありません!!むしろ敦賀さんへの食事作りはやりがいありまくりです!!」
「……。そう?」
「はいっ!!この一ヶ月間、食材の乏しい中、敦賀さんに栄養があり、なおかつ体重を落とすことなく生活いただくという使命なのですから!!」
「むんっ!!」と拳を握る、エプロン姿の少女は、どこか凛々しい表情をしていた。
「この一ヶ月、私は……。」
「うん?」
エプロン姿の愛しい女性。その先に想像をする言葉は、少女のことが大好きな男の単純すぎる妄想だ。
「料理人としての力量を計られているのだと思い、日々精進する次第です!!」
「……そう。」
だが、愛しい少女は男の邪な想像などとは一切かけ離れたところで闘志を燃やしていたのだった。分かっていたこととはいえ、多少凹みながらも、それでも彼は一番大切な少女の心配だけは忘れたりしなかった。
「まぁ、無理はしないようにね。」
「無理なんてしませんよ!!そういう敦賀さんこそ、仕事が詰まっているからってお食事を抜いたり…」
「しないし、君の作ってくれたものは全て完食してみせるよ。」
「……本当ですか?」
「俺が君に嘘ついたことがある?」
「あります!!(どきっぱり!!)」
「…………。(そういえば、そうだったかな……?)」
出会って数ヶ月の不仲であった頃も、打ち解けて信頼を寄せるようになった最近でさえも。彼女の反応が可愛くて、つまらない嘘のようなものもついたような気がするが。
「でも、これは本当。現にこれまで君の作ってくれた美味しい手料理を残したことはないだろう?」
にこりと笑って事実を伝えると、少し考え込んだ後、蓮の可愛い少女は。
「……。そう、ですね。」
ほんにゃりと、照れくさそうに。けれど、とても嬉しそうに笑って見せた。
「だろう?…それじゃあ、行ってくるね?」
「あ、はい!!行ってらっしゃいませ!!」
恋人でもなく、新婚夫婦でもない二人は。それでも、砂糖も裸足で逃げ出す甘々しい空気を発しながら、幸せそうなオーラを玄関先に撒き散らしていたのだった。