『坊や…さっさとお答えなさい。どうしてキョーコを泣かせたの?』
『あ…あの、それは……。』
愚かな過去を振り返った後も。
彼女のデート相手の1人である、美しい金髪碧眼の女性は、相変わらず怒気溢れる満面笑顔を浮かべていた。…背筋を伝い落ちる汗に、身体中を冷やされながら…俺は懸命に弁解の言葉を探した。
『可愛い私達の娘が、何か貴方の気に障る行動をしたかしら?』
『いや、あの…『そんなわけがないわよね?だって、私達の娘なのよ!?』』
……。その理屈はどうなんだ?という疑問は浮かぶものの…。必死になって考えるのに、何一つ良い言葉が浮かんでこなかった。現に彼女に非は全くないわけだし……。
でも、仕方がないじゃないかっ…!!まさかデートの相手が、彼女の『母親』達だなんて、思いもよらなかったんだから……!!
「まぁまぁ、ジュリさん。そんなに目くじらたてなくても……。」
「でもっ!!おカミさん!!このオトコったら、ワタシたちのかわいいキョーコにっ……!!」
「敦賀さんにも何かわけがあったんだろうしねぇ。…ほら、キョーコちゃんも泣きやんで。あんまり目をこすると腫れてきちまうだろう?」
「うっ、ううぅ…。女将さん……。」
表立ってはできなかったが心の中で開き直り始めた時。それまで、女神の裁きの前に縮こまる俺の様子を見つめているだけだった女性が俺達の間に入ってきた。
最上さんのデート相手その2、「だるまや」の女将さんだ。
「敦賀さんは、きっとキョーコちゃんのことが心配だったんだよねぇ?」
「え…。あ、は…はい……。」
絶対零度の微笑みを浮かべる美女から、東洋の聖母…西王母を思わせる慈愛に溢れた笑みを浮かべる女性へと視線を移す。途端に、肩にこもっていた力が抜けていくのを感じた。
「キョーコちゃんが、変な男とデートでもしているんじゃないかと思ったんだろ?」
「あ…、えぇ。そうなんです。」
「まだキョーコちゃんには男女交際なんて早いし、男の人と二人で出掛けるなんてもってのほかだものねぇ?」
「そうです。最上さんには、まだ特別な男なんて必要ありませんし、ましてや男と二人っきりででかけるなんてよくありません。」
「だるまや」の女将さんの優しい笑顔。その笑顔を見ている内に、俺もいつもの調子を取り戻した。
「本当にねぇ。キョーコちゃんには、芸能人として…というより、可愛い女の子としての自覚がないんだから。」
「そうです。彼女は自分自身の魅力に気付かないし、男と二人っきりになることの危険性を全く理解していないんです。」
「困ったもんだよねぇ。」と溜息をつきながら言う女将さんに、俺は同意をした。
ここ最近、最上さんの魅力に気付いてアプローチしてくる男の存在は増加の一途を辿っている。彼女が自分の魅力に全く気付かず、告白を受け流していることも知っている。危険を感じる男ならば彼女に辿り着く前に俺や社さんやラブミー部員2号、3号でこっそりと叩き潰しているのだが…そんなことを無垢なる少女は全く知らないだろう。
「キョーコちゃん。ほら、敦賀さんも言っているだろう?男とデートなんてとんでもないことだよ。」
「そうです、その通りです!!」
「そうねぇ。だから、キョーコ。Mr.ツルガともふたりでおデカケなんかしたらダメヨ?」
「そうです、二人ででかけるなんて……。え?」
女将さんとミズ・ジュリエナの言葉に同意しかけて…ハタ、と我に返る。
「ましてや、いくら先輩とはいえ、1人暮らしの男の家になんて行ったらいけないよ?敦賀さんだって言っているんだ。男と二人になるのは危ないんだからね。」
「そうよ、キョーコ!!さそわれてもいったらダメよ!!もしMr.ツルガがムリにでもいってくるようならボスにいいつけなさいっ!!ぜったいにとめさせるから!!」
「ちょっ、ちょっと…あの、お二人とも……。」
泣きやんだ最上さんの頭を撫でながら、慈愛に溢れた瞳で少女に語りかける「だるまや」の女将。そして、最上さんの手を握り、いらない知恵を授ける…ミズ・ジュリエナ……。
「あ、あの…。ちょっと……」
「「さぁ。それじゃあ、母の日のデート、楽しもうかい(楽しみましょう)!!」」
二人の『母』は、娘の右手を女将さんが、左手をミズ・ジュリエナが握り、俺を無視して歩き始めた。
『レン。もしキョーコと付き合いたいなら…私達の屍を越えて行きなさい。』
愕然としていたら。…すれ違いざまに、ミズ・ジュリエナがそっと魅惑的な声で囁いてきた。
甘い甘いその声は…だが、俺にとっては恐怖の宣言でしかない。
俺はこの日。最も敵に回してはいけない人々を敵に回してしまったのだ。