「だから。彼女、命に変えても純潔を守るって、どっかの悪い男に誓っちゃったらしいんです。」
「はぁ!?なんだそりゃ!!」
キョーコちゃんは決して昭和のメロドラマに出てくる主人公ではない。見た目も髪の毛を茶色く染めた今時の女子高生だ。
「いや、待てよ……。」
そう……。だが、彼女はそれだけではない。明るい笑顔がそうは見せないが、妙にしっかりしている部分がある。礼儀作法も洗練されているし、デビューする前から一人前の役者以上にプロ意識が高かった。
その上、素人なのにあの『敦賀蓮』に本気の演技をさせた女の子なのだ。見た目のように平凡な女子高生であるはずがない。
…彼女の人生は波乱に満ちていたのではないだろうか?だからこそ、宝田社長のお眼鏡に適い、ラブミー部なる面白すぎるセクションに所属させられたのかもしれない。
「もしや…相手は所帯持ちか……?」
「可能性はありますね。」
「現世で結ばれないのなら、来世で結ばれようとかいうやつか…?」
「えぇ。その上、自分のことは棚に上げてキョーコちゃんにだけ操を守らせるという悪どさです。」
妻子ある身でありながら、キョーコちゃんを愛し、愛されたどこぞの男(俺の想像では30代後半から40代前半だ)。女を見る目があるということは認めてやろう。キョーコちゃんはきっと、数年後には誰もが振り返る美女になる。それは、『BOX-R』のナツやダークムーンの打ち上げでのインタビューの際の姿を思い出せば、容易に想像できる。
彼女は磨きあげられる前の原石。きっと磨けばダイヤモンドも霞むほどの輝きを放つはずだ。
そんな少女に、生涯操を立てさせる…謎の男!!
「それは可哀想だ!!前途ある若い女の子が一生をそんな男にかけるなんてっ!!」
「ですよね。それならまだ俺のほうが相手として相応しいと思いませんか?」
まだ10代の少女。そんな子が、男はこの世に山と溢れるほど存在するのに、この先幸せを望めないような相手に操立てするなんて!!
ここは人生の先輩として、彼女の未来を考えて、正しい道を示してあげるべきだろう…。
俺は、そう考えた。
俺の究極のヒロインとなるであろう、『白雪』。彼女にはその涙は相応しい。映画の中のヒロインというのは、儚い美しさを求められる。特に今回の映画の場合は、白雪が一途であればあるほど、その後に訪れる幸せが胸を打つものになるのだ。
だが、映画と現実世界は違う。
キョーコちゃんは、純潔を守り抜くと約束する相手がいる。それなのに、あの愛の伝道師である宝田社長がラブミー部に彼女を所属させた。
それはつまり、それほどまでに『愛』への認識にずれのある女の子だということだ。あの社長がそう『判断』するような愛しか持ち合わせていないのであれば…。
このままいけばキョーコちゃんは幸せにはなれないだろう。そしてその身の不幸は、業界での生き様に影を落とす結果となりうる。
輝く日本のダイヤモンド以上の原石を守るために…。
俺は、ちらりと今回の主演俳優の1人を見つめた。
「…お前…この前言っていた話は本当だろうな?」
「え?何の話でした?」
眉をしかめる相手の目をじっくりと観察する。
…プレイボーイとして有名な男。ヤツの携帯電話には、多くの共演者(女優)の電話番号とメールアドレスが登録されているらしい。
こんな男が言葉通りに彼女ができたからといって誠実になるのかは分からないが…。
「キョーコちゃんとうまくいった暁には、携帯電話の中の女優の連絡先全部、消去するって約束できるか?」
貴島は俺の言葉に目を大きく見開き…そして、ニヤリと笑ってみせた。
「もちろん。神と新開監督に誓ってお約束しますよ。」
その笑顔も言葉も軽いものに思えた。だが、その瞳の色がやけに真剣な色を含んでいるように見える。
俺は、この男のその瞳の色に賭けてみることにした。
「分かった。それなら、俺に考えがある。」
キョーコちゃんの不毛な恋を終わらせるために。…未来の大女優、美しい宝石の輝かしい活躍のために。
俺は女優である彼女に惚れた監督の1人として、一肌脱ごう。
そう決意して、俺は貴島と手を組んだのだ。