敦賀蓮の言葉。それは、芸能界のトップに君臨する男の驕りに満ちあふれた答えではないことは、すぐに分かった。
「彼女の評価は、日本の芸能界だけにとどまらず…海外のメディアにおいても、すでに高い評価を得ています。」
「そうですね。特に、今回の『密やかな想い』の評価は、世界レベルです。」
「えぇ。…本音をいいますとね、内容が日本の平凡な学生達が起こす青臭い恋愛物語に関わらず、異例な評価だと思っているんです。」
さらりと言った言葉は、話題となっている映画に主演した人物のものとは思えない発言だった。思わず目を見開いた私に、彼は「監督も同じことを言っていましたよ?」と人の悪い笑みを浮かべてみせる。
「俺は、この映画の評価を、俺や古賀君がもたらしたものではないと思っています。」
「……えぇ。失礼ながら、お二人、というよりは……。」
「そう。キョーコちゃんのおかげ、と言っていいでしょう。」
『密やかな想い』。敦賀蓮が言う通り、その物語は決して斬新な作品でもなければ…社会問題を問うような作品でもない。
だが、そこに描かれている想いは、人間の『愛』の美しさと醜さ、そしてその先にある尊さをじんわりと胸に染みわたらせる。後から幸福感が押し寄せてくるような、そんな温かい作品だった。
そして、この物語の中心となっているのは、№1俳優、敦賀蓮でもなく、舞台を中心に活躍する、演技派俳優古賀弘宗でもなかった。
「でも、『京子』の限界はこんなものじゃない。彼女はこれからもっと成長する女優です。」
「…………。」
「彼女自身の評価の妨げになるものがあるならば。…そんなものは、排除されてしかるべきです。それは、『敦賀蓮』だって例外ではない。」
きっぱりと言い切る敦賀蓮は、とてもまっすぐな瞳をしていた。彼の後を必死になって追いかける新人女優に対する期待と敬意が、その瞳から窺えた。
「そう、ですか。確かに、京子さんは謙虚な方のようですしね。」
「あなたは、彼女に会ったことがあるんですか?」
「えぇ。つい先日。クリスマスイブの日に。」
「…あぁ。もしかして、彼女の17歳、最後の仕事のお相手ですか?」
「はい。」
肯定の返事をすると、敦賀蓮は美しいその顔に満面の笑みをたたえた。…テレビでは見る事のない、あまりにも少年らしい微笑みに、思わず息を飲んでしまう。
「そうでしたか。彼女、あなたのことをすごく好きになったって言っていましたよ。」
「本当ですか!?」
「えぇ。少し妬けるくらいにね。」
クスクスと、私を見て笑う敦賀蓮の表情で、私も随分とにやけた顔をしてしまったことが分かった。…だって、嬉しいんだもの。元々ファンだったのに、仕事を一緒にしたことで私、京子ちゃんのこと、もっと好きになっていたから…。
「あなたにはいらないことまで話してしまうと、口をとがらせていましたよ?」
「あぁ。そうですね。……彼女の好きな人について、聞いてしまいましたから。」
―――私。……好きな人が、います。―――
そう語った、京子ちゃん。彼を思い浮かべながら、彼女はそう口にしたのだ。
「そうなんですか?彼女がその手の話を?」
「そうですよ。意外ですか?」
「……そう、ですね……。」
なのに、思い浮かべられていたであろう、業界1の色男は、心底驚いたような表情をしていた。その顔には、驚きと…どこか、不安げな色が窺える。
「羨ましい、と思いましたよ。」
「……え?」
「彼女に想われている『彼』が。…彼女に心から愛されているのが、見てとれましたから。」
愛しさと、相手を慈しむ想い。
この世にある全ての優しい感情をこめたかのような京子ちゃんの笑顔は、目に鮮やかで。恋愛が綺麗なだけのものではないことをよく知っていても、それでも人を愛することの尊さを感じずにはいられない。…誰かを愛したくなってしまう、そういう表情をしていた。
それは、映画の中のヒロイン以上に人を惹きつける魅力溢れる笑顔だった。
「彼女に愛されているどこかの誰かさんは、幸せ者ですね?」
「…………。」
不安そうな色男を、苛めてやりたい気持ちもあったけれど。あまりにもこの恋にまっすぐな青年に、正直に答えてあげてしまった。
敦賀蓮はからかいを含めて笑う私から視線をそらすと、『敦賀蓮』にはあり得ないほどぶっきらぼうな口調で「…ありがとうございます……。」と小さな声で礼を言った。少し覗いた頬は、赤く染まっている。