「あっ!!キョーコちゃんっ!!お~~い!!キョーコちゃ~~ん!!」
少女の声がする方へ視線を向けると、飛び込んできたのは目にも鮮やかなショッキングピンク。思わずニ度見してしまう、目に焼き付いて離れないその色。声も出せずにその色に注目していたら、俺の背後から社君の声が聞こえてきた。
「おはようございます、敦賀さん、社さん!!…お久しぶりです、新開監督。お忙しいところを失礼いたします。」
「あぁ。久しぶりだね、キョーコちゃん。」
呪われたピンクの繋ぎを着た少女は、ケチのつけようがない完璧な美しいお辞儀をして、俺にあいさつをした。
「すぐに用事を済ませて帰りますので。お邪魔してしまって申し訳ございません。」
「どうせ休憩中だ、構わないよ。ゆっくりしていって。」
「ありがとうございます。」
ニコニコと、可愛らしい笑顔を浮かべて「それでは、失礼します。」と断り、蓮の方へかけて行く、イカレた繋ぎを着た少女とは面識がある。あれは彼女がまだデビューをする前。演技の『え』の字も知らなかった頃のことだ。
「……すごい色の繋ぎ着てますね、あの子……。」
「あぁ。LMEの社長の発案だからな。あれくらい当然だろう。」
蓮と貴島、そして蓮のマネージャーの社君がいる場所まで駆け寄った少女は、これまた美しいお辞儀で三人の男達にあいさつをする。
「あれっ!?京子ちゃん!!??ははっ!!何、その繋ぎっ!!!!ものすっごい色だなっ!!」
「……。はい~~。LMEの私が所属するセクションのユニフォームなんで~~~……。」
「あっはははっ!!すごいっ!!目に痛いっ!!この色のせいで京子ちゃんだって全然気付かなかったよっ!!」
「…貴島君、笑いすぎ。」
「いやいや、だって敦賀君っ!!この色だよ!?ショッキングピンク!!ぶふっ…!!ぶふふふふっ!!ふははははははっ!!!!」
どうやら笑いのツボにはまってしまったらしい貴島は、キョーコちゃんの頭のてっぺんから足の先まで見て盛大に笑い始めてしまった。そんな貴島に、キョーコちゃんは引き攣った笑顔を浮かべ、蓮は苦笑し…社君は完全に気分を害した顔になった。
「いやぁ~~本当に京子ちゃんって面白いよな~~!!ダークムーンの打ち上げの時の大人美人大変身にもびっくりしたけれど、これはこれでインパクトありすぎ!!俺、一生忘れないねっ!!」
「……あの~~この衣装は別に私が面白いわけではなくてですね?インパクトも繋ぎが原因であって、私個人は普通のその辺の地味で色気のない子どもすぎる平凡女ですし……」
「最上さん。貴島君は放っておいていいから。何か用事があって来たんだろう?」
大爆笑の貴島に律義にも相手をしてやるキョーコちゃん。そんなキョーコちゃんの両肩に手を置いて、その視線を向けさせると、蓮は少女の目線に合わせて身体を屈めて問いかけた。
「あぁ、そうでした。まだこちらのスタジオにいてくださって本当によかったです。…これ、俳優セクションの松島主任から、社さんへお届け物です。」
「へ?俺に??…あぁ、今日の蓮の雑誌取材用の資料かな?ありがとう、キョーコちゃん。」
蓮の言葉でようやく用事を思い出したキョーコちゃんは、自身が下げていた鞄の中から茶封筒を取り出し、それを社君に手渡した。
「……監督。あの子、すごいですね……。」
「え?何が?」
お礼を言う社君に、「いえいえ、お仕事ですから~。」と手を振りながら応えるキョーコちゃんの様子を見ていたら、まだ隣にいた助監督が呟く。
「『何が?』じゃないですよっ!!あの子っ!!敦賀君にあんなに至近距離で顔を覗きこまれても、顔色一つ変えませんでしたよ!?」
「…あ~~、そういえば……。」
助監督に突っ込まれて初めて気がついた。
俺は、蓮とデビュー前のキョーコちゃんのことを知っている。
俺が初めて会ったキョーコちゃんは、それはそれは蓮のことをライバル視…というか敵視していた。俺や社君には笑顔を向けてくれても、蓮に対してはとことんそっけない態度をとっていた覚えがある。…もちろん、蓮も相当他の女の子達とは異なった対応をしていたけれど……。
むしろ、今の二人の様子を見て、いつの間に仲良くなったんだと感心していたくらいだから、キョーコちゃんの『敦賀蓮』に対する、他の女性陣との応対の違いに気付かなかったんだ。
「……いいな。」
「は?」
「よし、『栗木白雪』役、キョーコちゃんに頼んでみよう。」
「はぁ~~~!!??」
助監督が大絶叫を上げるのを無視して。俺の頭の中に新たなキャストによる物語が展開され始めた。