「はぁ~~…。杏奈ちゃんもダメだったなんて……。俺の白雪姫はこの世に存在しないのか?」
「大丈夫。次こそ君の役にだけ心を寄せる『白雪姫』が見つかるって。」
長い長い溜息を吐き、心底落ち込んでいる貴島。その彼の肩を叩いてやる蓮。
「……監督。どうするんですか!!??本当に杏奈ちゃんもダメだとすると…今度はどこの女優に白羽の矢を立てるつもりですっ!?」
「…そうなんだよなぁ……。」
制作発表より、女優が変わること20名。容姿・実力ともに申し分のない若手女優達が、次々とこの映画の撮影から脱落していくのは…穏やかな笑顔を浮かべて共演者を励ます色男のせいなのだ。
あの、芸能界1イイ男と称される男が共演する女優を全員口説き落としてしまうから。
「あんな色気ダダ漏れの敦賀君に無反応はおろか、怒鳴りつけたり蹴飛ばしたり罵声を浴びせられる女優なんて、存在するわけないでしょう!?」
俺は今まで、本物志向の妥協を許さないことを信念に作品を作ってきた。今回だって同じだ。だからこそ、蓮が手を抜くことを許さないし、対する女優が少しでも蓮演じる『中条』…日替わりで彼女を変える最悪男…にぐらつくことがあれば許すつもりはない。
「…あ~。どっかに、蓮のオーラに負けない女優さんがいないもんかなぁ…」
「いるわけないでしょ!?男の俺でも思わず赤面しちゃうんですから!!」
…さもありなん。と、撮影スタッフを見まわして納得してしまう。今は『中条』を演じていないからスタッフ達も全く動揺をしていないし、状況が最悪な割にはのどかな空気が流れている。だが、一度蓮が『中条』を憑かせると、老若男女問わず骨抜きにしてしまうのだ。
撮影スタッフでさえ、思わず頬を赤らめたり、生唾を飲んだりしている状況なのだ。面と向かって口説かれる女優にしてみれば、たまったものではないだろう。
「…あ~~。どうしようかなぁ……。」
「本当ですよっ!!どうするんですか!?」
今回のキャスティングは、これまでの『敦賀蓮』像と『貴島秀人』像を崩してしまうことも売りにするつもりだった。両者とも、「面白そうですね。」と、実に役者らしい返事で今回のオファーを受けてくれたのだ。
実際、二人はよく演じてくれている。…だが。とてもよく演じすぎてしまっているんだよ、蓮…。対する女優がうまく演じてくれさえすれば、最高の『最悪男』が完成するのに……。
「おはようございます。お忙しいところを失礼いたします。敦賀蓮さんのマネージャーの社さんはいらっしゃいますか?LMEからのお届け物なのですが……。」
隣でうるさく喚き続ける助監督にうんざりしていた俺の耳に。…どこかで聞いたことのある、可愛らしい少女の澄んだ声が聞こえた。