かけがえのない日々~演者(3)~ | ななちのブログ

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馬車馬のごとく働く社会人ですので、更新スピードは亀ですが、よろしければお読みください☆

「あいつは完璧な『敦賀蓮』を演じきるために自分自身の人間関係だってコントロールしていた。つかず離れず…優しく接するものの、決して一定の距離以上、誰かを傍に置こうとしなかった。お前だって、いくらマネージャーっつっても、何か相談事や願い事を持ちかけられたこともなかったんじゃねぇのか?」

「…………。」



 ―――…すみません…無理言って…。…よろしく、お願いします…―――



 蓮が深々と頭を下げて、社に願い出たのは…。それほど、昔のことではない。あれは昨年の夏。まだ『ダークムーン』の撮影をしていた頃。

 

初めて、蓮が社に『お願い』をしてきたのは、たった一人の少女の安否について。長く共にいたのに、蓮が初めて我儘らしいことを言ったのは…あの時が、初めてだった。



「今、『奴』は過渡期にきているところだった。…最上君の存在によって、『敦賀蓮』と元々の『あいつ』がゆっくりとだが、同化してきている時だったんだ。」



 『敦賀蓮』という人物の蓑を被り、15歳から成長を拒んでいた少年は、初めて彼を揺さぶる人間に出会った。そして、その少女が無意識にもたらす信頼と愛情を得て…少しずつ、成長を始めようとしている時だったのだ。

 『彼』を拒み続けていた『敦賀蓮』も…。『彼』の成長とともに、その存在を受け入れる準備を始めていた時だった。



 だが。それも一瞬の出来事によって無に消えた。…『敦賀蓮』と『彼』を中途半端な状態にしたままで。



「……全ては、キョーコちゃんから、始まるんですね……。」

 

 社は、ソファの背もたれに凭れかかると大きく息を吐きだした。…自身が務める会社の最高責任者の前といえど、もう姿勢を正す気も起きない。



「どうして、キョーコちゃんなんですかね……。」

「んなもん、俺が分かるわけねぇだろ。」



 1年と少し前。まだ寒さが残る季節に、『最上キョーコ』と『敦賀蓮』は出会った。ローリィも社も知らない間に出会った二人は、恐らく最悪な初対面を果たしていたのだろう。

 それから、様々な出来事を経て…。そして、いつしか彼は……



「キョーコちゃんを好きになったのは、『敦賀蓮』ですか?」

「どっちでもねぇだろ。元々は一人の人間だ。…蓮は認めていねぇがな。」



 「ただ…」と言いさすと、ローリィは湯呑みを両手に掴んで、静かに微笑んだ。…その微笑みは、いつもの皮肉らしい笑みではなく、余裕に溢れた笑みでもなく…本当に静かな、笑みだった。



「『あいつ』という人間は、意識的にも…無意識下においても、人との深い関わりを持たなかった。それは、あいつにとっては辛すぎる過去も原因の一つだが、元々人との関わりにおいて貪欲になれる男じゃなかった。友人と呼べる人間も、一人くらいしかいなかったようだしな。他人との付き合い方が、分からねぇんだろう。…お前を信頼しつつも、決して自分の一定の距離から近づけなかったようにな。だが、そんな『あいつ』と『敦賀蓮』も、最上君だけは受け入れざるを得なかった。」

「…………。」

6年間、とことん甘い態度を示してきた俺にだってなかなか見せなかった蓮の中の『あいつ』が、唯一欲した人間だからな。」



 ―――…俺の居場所は、この子だ。――-



 正気を失くした蓮…そう社が思っていた人物は、確かに言ったのだ。役者という立場を忘れ、もはや『敦賀蓮』であることも忘れた人物は、最上キョーコこそが全てだと。そう言った。



―――俺のために泣いてくれたんだ。俺に行かないでと、縋ってくれたんだ。…一緒に居てくれると、言ってくれたんだ―――



 その片鱗はあったとしても、これまで口に出して、行動にして…。表されてきたものではない。だが、『敦賀蓮』と呼んでいる人間の中にある『最上キョーコ』への執着心は、どれほど深いものだったのか。



「……今の状態が、いいわけがない……。」

「その通りだ。だからこそ、荒療治として今の状況を作った。あいつが、ちゃんと自分の意志で最上君との関係を再構築していけるようにな。…だが、全くうまくいかねぇ。…『あいつら』がヘタレすぎるせいでな。」



 『敦賀蓮』は役者であることに誇りを持っている。…恐らく、蓮の中にいる『彼』もまた、役者として生きる事を望んでいるはずだ。

『敦賀蓮』はフェミニストの完璧な紳士だ。『彼』もきっと、全体像はつかめないまでも根が彼からできている人格が『蓮』であるとしたら、優しい少年のはずなのだ。



 一つの身体を共有する、『蓑』と『本体』は、『最上キョーコ』という起爆剤によって、これまで完全に区別されていた人格同士をすり合わせようとしていた。そしてそれは、間もなく『彼ら』二人の意志によって、少しずつでも行われていくはずだったのだ。彼ら二人が愛する、少女と幸せになるために。

 その先にいた『敦賀蓮』は…あるいは『久遠』はどれほどの男に成長していたのだろう?だが、それを今、知ることはできない。



「本ッ当にダメな男だよなぁ。お前んところのトップ俳優っつぅやつはよぉ……。」



 重苦しい空気が流れる中。ノックもせずに扉を開けてノッソリと入室してきた男は。白衣の下にアロハシャツを覗かせながら、ボリボリと後頭部を掻き、院長席に腰かけた。







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