(キョーコの場合)
「1ヶ月1万円生活、ですか。」
「そうそう!!オファーが来ているんだけれど、どうかと思ってね。」
小首を傾げるキョーコの前で、椹はニコニコと笑いながら肯く。
「最上さんは料理が得意だし、家庭的なこと全般何でもできるだろう?」
「……はぁ…。苦手ではないですね、確かに。」
「この番組に出て、イメージの改善をされたタレントさんや料理上手で有名になった芸人だってたくさんいるんだ。君の『イジメ役』のイメージを払拭するのに良いと思うんだけれど。」
にこにこと、全く裏のない笑顔を浮かべる中年男を前に、キョーコは眉をしかめた。
「…確かに、イジメ役のイメージは拭えるかと思いますが…。所帯臭いイメージはつきますよね?『最上キョーコ』としては所帯臭いことに誇りを持っていますが、『京子』…というか、『未緒』や『ナツ』を演じた役者のイメージということになると、ちょっと……。」
「……最上さん……。そこは『所帯臭い』じゃなくて『家庭的』にしておこうか……。」
表現が変わったところで同じこと。「はぁ……。」と気のない返事をするキョーコに、椹は眉をしかめる。
「最上さん。この企画にチャレンジすることは『タレント』として名誉なことなんだよ?」
「そうなんですか?」
「今回は、チャレンジ50回記念ということで、伝説達成の暁には、豪華景品がついてくるらしいし……。」
ふぅ~~…と溜息を吐く椹。そんな椹の発言にも「はぁ…そうですか……。」と大変気のない返事をするキョーコ。
「…まぁなぁ……。今人気のキッチングッズ一揃えとか…いくら値段が張るからって、景品に持ってくるあたりが微妙かなぁ……。俺の奥さんは欲しがっていたけれど。スチームケース……。」
「………椹さん………。」
それから、なんだっけ?皮むきグローブとか、真空パックが簡単にできる機械とか…と、ブツブツ呟いていた椹の耳に…粘着質のある…女性にしてはおどろおどろしい響きのある低音の声が届く。
「ヒッ!?な、なんだい、最上さん!?」
「それ…本当ですか……。」
どこからともなく、「便利キッチングッズ~~~……」「短時間調理~~~~……」「誰でも簡単に使える~~~……」という念仏のような声が聞こえてくる。…それらは全てキョーコの声のようで…キョーコの声ではない(おそらく怨キョの声)。
「あ、あぁ……なんでも番組の記念すべき回になるから、特別企画らしくてな。普段以上に難しい伝説になる代わりに、景品もつけてくれるらしい。」
その念仏のような声に身体を拘束されるという怪奇現象に全身を震わせながらも、椹はキョーコに説明を続ける。
「椹さん!!」
「!!はいっ!!」
「そのお仕事、受けさせていただきます!!」
キョーコの元来よく通る声と養成所で鍛え抜かれた発声によって響き渡った声は。
LME最高責任者の耳にもはっきりしっかりばっちりと、聞こえていたのだ……。