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「とりあえず。嬢ちゃんがいる以上、お前さんのこの病院への出入りを一切禁止する。お前さんが怪我をしようが病気になろうが、うちには絶対に入れさせないからそのつもりでいろ。」
『だるまや』の大将と女将がキョーコが主となっている特別病室を去った後。ローリィ達LME関係者と須永もすぐにキョーコを休ませるために病室を出た。エレベーターに向かって頭を下げたまま固まっていた長身の男は、ローリィに肩を叩かれてやっとその頭を上げることができたのだ。
そして、蓮と彼の優秀なマネージャーを伴って院長室に入った瞬間。椅子に座ろうとした全員の耳に、いきなり須永が厳しい声で蓮に向けて宣言した。
「須永院長……!!」
蓮はその瞳を揺らし、須永を見た。そんな彼の隣に立つ社が須永を呼ぶが、須永は彼の声を無視し、蓮の視線を真っ向から受け止めた。
「お前が起こしたことが、嬢ちゃんの今後にどれだけの影響があるもんなのかよく考えろ。…その上で、俺に言いてぇことがあるのなら聞いてやる。」
切れ長の瞳は、大きく見開かれ…そして、須永から視線を外した。そのまま俯き、身動き一つしなくなった青年は、しばらくの沈黙の後、口を開いた。
「…いえ。何も…言うことは、ありません。」
「……そうか。それならこの話は終わりだ。とっとと家に帰ってさっさと寝ちまいやがれ。これ以上ここにいることを、許すつもりはねぇ。」
きっぱりと吐き捨てられた言葉に、部屋中の空気が凍りついた。そんな息をすることもままならない空間で、蓮はゆっくりと立ち上がる。
「このたびは、ご迷惑をおかけし…大変申し訳ございませんでした。」
深々と頭を下げた蓮。その蓮の姿に、その場にいる誰も声をかけることができない。
「俺が傷つけた方々への謝罪は、改めてこちらに入れるようになってから…伺わせていただきます。」
「その辺は気にすんな。それはビジネスで割り切らせてもらうからな。相応の金さえ準備してくれたらいい。今度請求に行くから、そん時に言い値をそのまま受け入れろ。それでチャラにしてやるよ。」
「…………。…それでは、失礼します。」
顔を上げた青年の瞳に、光はなかった。絶望を映しながらも、その『闇』に完全に囚われることはない…。ゆえに、先ほど見た狂気にまみれた男以上に痛々しい。
ふらりと覚束ない足取りで歩き始めた長身の俳優に、社は付き従った。彼にしては珍しく、残された年配者達への辞去のあいさつもなく、一度も彼らを見ることはなく、目の前の青年を、支えるかのように歩いて行く…。
バタン…と閉じられたその扉の先を。ローリィは、ただ見つめていた。
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あの日以来、蓮はキョーコとの接触を一切断たれた状態であった。容体の説明もなく、記憶がどうなっているのかも誰からも報告をされず、ただひたすら目の前に突き付けられた仕事をこなしてきた『俳優』。相変わらずNG一つないという。スタジオに入れば、スタッフや共演者、仕事に関わる全ての人々への心遣いも忘れていないそうだ。
…だが、心穏やかに過ごせる心境ではないだろう。その歪みが全て、自身を追い詰める方向に働いている。
「蓮よ。今日、俺は最上君に会ってくる。」
「そう、ですか……。」
「……だから何だ、というところか?」
気のない返事の奥にある言葉を、わざわざローリィは口にする。それに対する返事は一切返ってこないが、そのことは期待していなかった。
蓮は分かっている。今日、ローリィがキョーコに会ったとしても、その様子を一言だって蓮に伝えてくれないことを。
…そして、蓮自身さえもが、聞くことを拒んでいる。
元気にしているのか、困っていることはないのか、傷の具合はどうなのか。…少しでも何か、思い出してはくれていないのか……。
今回のことは、彼のそれらの疑問全てに答えないことが『罰』なのだ。ゆえに、聞きたいと切望していても、口に出して質問することはない。
ローリィは、そんな自身を傷つけることしか『罪』を負う方法を知らない若造に、軽い溜息を吐いた。
「まぁいい。話したいことはこんなことじゃねぇからな。」
「何か、あったんですか?」
「あぁ。今後のことで、な。…このことは、最上君の答え次第なんだが……。」
社の質問に、まるで明日の天気でも伝えるように続けたローリィの話は……。蓮の瞳を大きく見開かせ…社の呼吸を止めてしまうようなものであった。