かけがえのない日々~そして始まる、日々(4‐1)~ | ななちのブログ

ななちのブログ

このブログは、スキップビート好きの非公式2次小説作成SS中心です。作品については、あくまで個人の趣味で作成しています。
馬車馬のごとく働く社会人ですので、更新スピードは亀ですが、よろしければお読みください☆

 緒方達がキョーコと面会をしている同時刻。TVジャパンの控室の一室では、重苦しい空気が流れていた。



「ま、とりあえず。これが今回の件の、お前さんがうちの職員4人に渡すべき妥当な慰謝料だ。…言っておくが、良心的な価格だぞ?裁判沙汰やマスコミの騒ぎにしねぇ俺達に感謝するんだな。」

「……。はい。申し訳ございませんでした。」



 お揃いの2ボタンのグレースーツに身を包んだ二人の初老の男。普段は強烈な衣装を着る有名な業界最大手の社長と、その幼馴染みであるチンピラファッションが常の大病院の院長は、衣装を『一般的な社会人』らしい姿にするだけでその存在感を綺麗に消し去ってしまっていた。

 控室の入り口に立ち、誰かが入ってくることを警戒する社は、向かい合わせに座るその初老の男達と、担当している俳優の様子をただ静かに見守っていた。



「別に謝ってもらう必要はねぇ。とりあえず、今月中にはここに全額振り込め。お前さんの月収相当分だと聞いている。こんくらい、腹も痛まねぇだろう?これでマスコミ対応も含めてチャラにしてやるよ。」

「はい。」



 須永の差し出した紙を蓮は受け取ると、それを二つにたたみ、自身の鞄にしまい込んだ。



「俺の用事はこれだけだが。…待ち時間は後1時間あるんだって?何か聞きてぇことはあるか?」



 その様子をじっと見つめていた須永は、静かに蓮に問う。…蓮は、一瞬だけ須永に視線を向けた。だが、その視線はすぐに地面へと落とされる。



「言っておくが、お前さんが体調を崩すのは当然だぞ。飯を食わねぇとはどういうことだ?何の抗議のつもりか知らねぇが、俺は間違ったことをしているつもりはねぇし、己の管理もできねぇ男に同情するつもりもない。」

「…………。」



 須永は恐ろしいほど冷ややかに、蓮の様子を見ていた。声に抑揚はなく、目の前でただ肩を落とすだけの青年に淡々と言葉を告げる。



 この控室に入る時、たまたま社が蓮に叱咤している声が聞こえてきたのだ。それは、キョーコが入院してからの蓮の食事情と、体調に関することだった。これには、『医師』である須永の表情を一気に凍らせるだけの内容が含まれていた。



「こんな騒ぎを起こした罰は、甘んじて受けるべきだと思います。」

「そうかそうか。まぁそうだな。当然だ。嬢ちゃんの芸能生命どころか、お前さんのせいで治療が遅れて命の危機にも陥りかねなかったわけだしな!!病院出入り禁止くらいじゃなく、実際に嬢ちゃんの視界に入ることを今後も禁止すべきかもしれねぇなぁ!!丁度お前さんとの記憶も完全になくなっているわけだし。」

「……っ!!」



 ぐっと、握り込んだ蓮の両の拳は小刻みに震えていた。顔色も、どんどんと色を失っていく。



「…須永。そのくらいにしてやってくれ。」

「お~お~。さすが看板俳優。事務所の社長さんもお優しいことだよな。」

「これ以上具合を悪くされても困るだろうが。…お前、医者だろう?」

「おう、医者だぜ?でも、俺にとっては俺の患者が一番大事だからな。こいつは患者の厄介者だから冷たくして当然だ。」

「…ったく。お前って奴は……」



 は~~~っ、と溜息をつくと、ローリィは俯いたまま顔を上げない蓮を見た。そこにいるのは、もはや満身創痍の男であり、テレビ画面で微笑む優しげな紳士の面影はどこにもない。



「蓮よ。とにかく飯は食え。そんなところで社にいらねぇ心配をかけるな。お前の身体は、お前だけのものじゃない。お前の仕事はそういう仕事だ。できねぇとは言わせないぞ。」

「……はい。申し訳ございません……。」



 虫の音のような謝罪の言葉だった。そこに誠意が含まれているのかは甚だ疑わしい。その返事に、須永は眉を潜め、ローリィは軽く溜息を吐いた。そして、ちらりと控室の入り口に佇む社に視線を向ける。…そこには、疲労感漂う表情で微笑む優秀なマネージャーの姿があった。



 …『あの日』の夜を、ローリィは思い起こす。たった4日前のことなのに、遥か昔の出来事のように感じていた。ローリィでさえそんな感覚を持っているのだ。目の前で項垂れる男は、永久とも思える時を感じているのかもしれない……。







web拍手 by FC2