かけがえのない日々~欠けたモノ(5)~ | ななちのブログ

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このブログは、スキップビート好きの非公式2次小説作成SS中心です。作品については、あくまで個人の趣味で作成しています。
馬車馬のごとく働く社会人ですので、更新スピードは亀ですが、よろしければお読みください☆

大将と女将が病室から一歩足を踏み出すと、そこには長身の青年が立っていた。



「…………。」

「おや…。どうしたんだい?帰ったんじゃなかったのかい?」



 その青年と視線があった瞬間に大将の視線が冷ややかなものになった。足を止めた大将をいぶかしんでひょいと覗き見た女将は、その美しい青年の姿に驚きの声をあげる。



「あの…。先ほどは、ありがとうございました。…それを、お伝えしたくて……。」



 大将の冷たい視線に青年は戸惑いの表情を浮かべたが、意を決したように大きく息を吸い込むと、「ありがとうございました。」と大将に頭を下げる。



「…ふん。男が簡単に頭を下げるもんじゃねぇ。」

「ですが、あのまま彼を殴っていたら、俺も無事ではすみませんでした。…プロとしての自覚が足りなかったと、反省しています。だから余計に、あなたへ感謝をしなくては……。」

「別に、お前のためじゃねぇ。」



 頭を下げる蓮に、抑揚のない声で告げると、大将はそのまま蓮の前を通りすぎていく。



「…全く。困ったものだねェ。これだから『男親』って奴は……。」



 未だに頭を深く下げたまま固まっている蓮の大きな肩を、女将はぽんぽん、と優しく叩いてやる。



「顔をお上げ?」



 その促しの声に、青年はやっと頭を上げた。女将は、上体を起こした長身の男の瞳を穏やかな目で見つめた。



「…おや、情けない顔をしているねぇ。業界一と言われる色男なんだろう?」

「……。…すみません……。」



 女将の目の前にいる青年は、ひどく歪んだ表情をしていた。泣きだしそうになるのを必死に堪えている子どものような表情に、女将は思わず笑ってしまう。



「ご迷惑を、おかけします……。」

「とんでもない。こんなことがなければ、私もあの人も一生旅行なんて行けなかっただろうしね。いい機会なんだよ、私らにとっても。」



 大将も女将も、『敦賀蓮』という俳優のことは知っていた。…何気なくつけたテレビの向こう側で、優しく微笑む美丈夫。確かな実力と、自信に溢れた輝くオーラが、若くして彼を偉大なスターにしていた。ライトに照らされてキラキラ輝く俳優を、何気なく見ていたものだった。



 …だが、ハッピーグレートフルパーティーで、キョーコとじゃれ合うように会話を楽しんでいた彼も、今、目の前で表情を見せまいと顔を隠し、俯く彼も、まだまだ年若い普通の青年だった。

彼は決して、特別な人間ではないのだ。



「…2ヶ月あれば、変な噂は消えてなくなるだろう。それは、あんたが相手でも変わらないはずだ。でも、あんたにとってはそれが『解決』ではないだろう?」

「……はい……。」

「うるさい『親』がいないこの2ヶ月間が勝負だと思いな。…帰ってくるまでの間にどうにかしてしまっておかないと、あの人がうるさいよ?」



 ふふふっ、と楽しそうに笑うと、俯く青年の艶やかな黒髪に触れる。青年は、一瞬だけ身体をびくつかせたものの、大人しく女将が髪をなでるのを受け入れた。



「キョーコちゃんを、よろしく頼むよ?…私は誰よりもあんたにあの子のことを頼みたい。…守ってやっておくれ。なにものからも。」

「……女将さん……。」

「『守る』の意味をよく考えるんだ。大丈夫。答えは近くにあるから。あんたならすぐに気づけるよ?」



 やっと顔をあげることができた蓮は、女将の瞳を見つめる。…優しく、けれど厳しい光を宿す『母』の瞳がそこにあった。



「元気でね?」

「はい。大将も、女将さんも……。」

「ふふふ、天下の敦賀蓮にそんな言葉をいわれると、なんだか面映ゆいねェ…。」



 最後に人の良い笑顔で応じると、女将は大将と社が待つエレベーターの前へと足を運ぶ。



「それじゃあ、また。」



 エレベーターに大将と共に乗り込むと、女将はボタンを押す社に「ありがとう」と礼を言い、蓮に手を振った。…大将は蓮に視線を向けると、一瞬だけ笑顔を浮かべた。



「……はい。」



 蓮は、エレベーターの扉が閉まった後も深々と頭を下げたまま、顔をあげることができなかった。






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