かけがえのない日々~欠けたモノ(3-1)~ | ななちのブログ

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このブログは、スキップビート好きの非公式2次小説作成SS中心です。作品については、あくまで個人の趣味で作成しています。
馬車馬のごとく働く社会人ですので、更新スピードは亀ですが、よろしければお読みください☆

――― 再会した当初。俺は彼女の『不破尚』への執着心に対して、理解できるだけの激しい感情を、全く知らなかった。この世にそんな想いがあることは知っていても、その感情を『理解』することはできなかった。……でも、今はそれが痛いくらい分かってしまう。それなのに、そのはけ口は…どこにも、見つからない―――



「…あ~~、こりゃあ恐らく、頭打ったショックによる部分的な記憶喪失だなぁ……。」

「つまり、最上さんはLMEの新人発掘オーディションに落ちた頃まで記憶が戻っているってことですか…。」

「一年くらい前っつぅ~ところだなぁ~~……。しかし、その時も歩道橋から転げ落ちているとは…。」



 遠くで、須永と椹、そしてローリィが話す声が聞こえた。だが、蓮の耳に響くのは少女の残酷な言葉のみ。



『私はねぇ…あなたなんか大っ嫌いなんだから!!!!』



 思い返せば、面と向かってその言葉を突き付けられたことは一度としてなかった。



「あの~~…。私、全く記憶を失ったという気がしないのですが…。」

「そりゃあそうだろう?嬢ちゃんは記憶を失った本人なんだから。」

「はぁ……。ですが、どうも違和感が全くないので、不安も感じなければ記憶を失っているという実感も湧かないですし……。」



 キョーコと須永は、どこか呑気な口調で会話を交わしている。



「あ~……。どうするかな?この状況だと、今後の仕事に影響はでるか?」

「彼女のレギュラー番組は今一本ですからね。それも、大して『京子』である必要のないものですし。…その他は、取材とかそういったものになってくるんですが、この状況ですから最上君の状態がどうあれ、断るべきでしょう。」



 ローリィと椹は、キョーコのスケジュールを見ながら既に『京子』の仕事のほうへ頭を移している。



…その中で、蓮だけが溶け込むことができずにいた。



 「…蓮、……蓮……!!」



彼ら4人が座る場所から距離を置き、入り口付近に佇んだままの蓮。その彼を、隣に立つ社が小声で呼んだ。頭がうまく働かないまま、蓮は社のいる方向へ視線を移した。



「とにかく、今日はもう帰ろう。…な?」

「…………。」



 蓮は、その社の促しを受けても返事をすることはなく、再び視線を少女を中心にして話をする4人組へと向ける。



「とにかく、だ。嬢ちゃんはしばらく入院をしてもらうからな?その間のことはこいつらに任せておけ。なぁに、日本芸能界最大手とか言われていやがる事務所なんだ。うまく立ち回ってくれるさ。」

「……はぁ……。あ、でも入院費用とか払えるほど私、収入が……。…はっ!!よく考えたらここ、個室ですか!?しかも!!病室なのにやけに広い!?なんで!?」

「あ~~……。入院費用くらいこちらで持つし。…最上君、君、本当に10代の高校生か?どっしり構えた30代と話をしている気分になる……。」

「…社長。最上さんは元からこんな感じですよ。いや、本当に記憶がないとは思えないなぁ……。」

「そりゃお前、ないのはここ1年の記憶だけなんだぞ?それまでの記憶はあるわけだから、嬢ちゃんらしさがなくなるわけがねぇよ。」



 蓮を蚊帳の外にして話をする4人。…この感覚のズレは、一体何なのだろう…?そう考えて、蓮は自嘲的な笑みを浮かべた。



「…れ、蓮……?」

「……。…当然、か……。」



 現在の状況を、深刻に考える人物はキョーコ本人を含めてここにいない。『たかが一年間』の記憶に執着し、それを失くすことを恐れているのは…この場に、蓮だけしかいないのだから。



「蓮。とにかく、一旦出よう?」



 …少女の、心が遠い。昨晩までは隣に座り、微笑んでくれていたのに。大きな瞳は、確かに蓮を映してくれていたのに……。

 今は、存在自体が『無い』かのような扱いを受けている。



「……行こう、蓮。」

「……。……はい。」



 部屋に漂う空気は、悪いわけではない。ワイワイと賑やかに話をする4人の様子を見る限りでも、むしろ普段通りの『最上キョーコ』を取り囲む、椹とローリィ、そして須永がいるようにしか見えない。

 なのに、身体に纏わりつく空気が重い。…息が、できない。透明なフィルターが貼られているかのように、見ることができるのに辿り着くことができない壁が、蓮と彼らの前にはあるのだ。



 鈍くなる頭の回転。耳に聞こえるのは、やけに大きく跳ね上がる自分自身の心臓の音。…それから、まだ消えてはくれないキョーコの残酷な言葉……。



「ハッ。ざまぁねぇな。」



 社が蓮の背を押し、蓮はその促しに従い、一歩病室の外へと踏み出す。するとそこには、病室の扉の向かい側の壁に背を預け、腕を組んで立つ金髪の若者がいた。






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