赤い赤い、リンゴ飴。淋しそうに微笑んだ幼い少女にあげたいと思った、俺にとっても特別な食べ物。
「…ふふっ、甘い……。」
君の手に、届いていた。魔法がいっぱい詰まった真っ赤な甘い、存在……。
美しく成長した少女は、今、俺の前でリンゴ飴を食べている。あの時に見たいと思っていた、幸せそうな笑顔を浮かべて……。
「……。」
俺は、そっと立ち上がり、少し離れた場所で花火を見ながらリンゴ飴を食べる最上さんへと近づく。
「?敦賀さん?」
俺の気配を感じたのか。花火を見上げていた視線をこちらに向けてくる。そんな彼女を、俺は背後から抱きしめた。
「……!?」
突然の俺の行動に、身体をびくつかせる少女。驚きで緩んだ彼女の右手から零れ落ちかけるリンゴ飴。それを、俺は彼女の手ごと包みこんだ。
そして、細い手を握ったまま、彼女が齧りついたリンゴ飴に、俺も齧りついた。
カリッと小気味いい音がする。そして、甘い飴の味と、リンゴの酸味が口中に広がる。
「…ん。甘いね。」
「なっ、なななっ……!!??」
「はい、キョーコも。」
そうして、齧りついたリンゴ飴を彼女の口元へと持っていった。暗がりでよくは見えないが、触れる身体が小刻みに震えていることだけは分かる。…きっと、リンゴも驚くほど全身真っ赤になっているんだろうな……。
少年であった頃は、あの男性が呟いた言葉の意味を理解することはできなかった。でも、今なら分かる。…分かるように、なってしまった。
俺は、彼女に食べることを強要したリンゴ飴に彼女が一口齧りつくと、また俺もそのリンゴ飴に齧りついた。そうして交互に一つのリンゴ飴を食べていく。
あの時のリンゴ飴には、純粋な魔法をかけた。君が笑顔であるように、幸せであるように、と。
じゃあ、今日のリンゴ飴にはどんな魔法をかけようか?
――― Forbidden fruit 『禁断の果実』―――
それは、一説によると『リンゴ』を現す言葉であるらしい。二人で食べるこの『禁断の果実』。ならば、かける魔法はただ一つ。
「…キョーコ。」
「はっ…は、は、はい……。」
リンゴ飴を食べきった頃。もはや身体に力を入れることもできなくなった少女を支え、名前を呼ぶ。最上さんは、上ずった声で返事をしてくれた。
「……『コーン』をあげたお礼が欲しいな。」
「へ?」
「『コーン』になってあげたお礼も欲しい。」
「…えっ、えっ…?」
突然の俺の要求に、彼女は可哀想なほどに震え始めた。そんな少女の身体をくるりと反回転させ、互いの視線を絡ませる。
夜空に咲く美しい花々。それよりも、美しい花は目の前にある。今日は一段と艶やかで、美しいその花…。…残酷な俺は、その花を手折ってしまいたくて…俺のものに、してしまいたくて……。
「俺の名前を、呼んで?」
「…………。」
「そして、抱きしめ返してほしい。」
君の中の、光り輝く『王子様』。きっと誰よりも優しくて、誰よりも穏やかで、格好いい人。そんな人にはとてもなれないけれど、そろそろ魔法使いのローブは脱いでしまいたいんだ。
そっと、華奢な身体を正面から抱きしめる。薄い布越しに伝わる彼女の感触が、彼女の熱が、女性らしい甘い香りが、俺を酔わせる。
「……れ…ん……。」
彼女の襟足に顔を埋めた。そんな俺の耳に、小さく聞こえた『今』の俺の名前を呼ぶ、声。
ヒュ~~~~~~…ド――――ン……
俺の視界に映る、美しい花。それは一瞬で消えてしまう。
でも、腕の中の『花』だけは消してしまいたくなくて、抱きしめる腕にぐっと力を込めると、俺の背に、『花』がそっと手を添えてくれた。
「…蓮……。」
「…うん。ありがとう、キョーコ。」
―――さぁ、一緒に笑おう。一緒に幸せになろう―――
そうして俺は、魔法使いのローブを脱ぎすてて、君と未来を共にする『王子様』になるべく歩み始める。