しばらく二人で街の喧騒の中を歩く。ちらりちらりと通行人がこちらを見てきたが、大声をあげられることも混乱が起こることもなく、俺達はこの国の首都の歩道を歩む。
「あの…」
カラコロと、可愛い音がこの喧騒の中でもよく響く。
「まだ花火の時間まで充分にあるね…。でも、きっと車で行くのは難しいと思うんだ。悪いけれど、今日は電車でいいかな?」
「あの…!!」
「ん?」
何度目の呼びかけになるのか…。ぐいっ、と繋がった手を引き、足をとめた彼女に合わせて、俺も足を止める。彼女は俺から一歩、距離を置いた。そうすることで繋がれていた手がここで初めて離される。
彼女が言いたいことはよく分かっている。でも、なんだかそれを口にされるのが少しむず痒い気持ちもあって……。
「…敦賀さん、なんですよね?」
「君と花火大会に行く、という約束を取り付けることができた男が『敦賀蓮』ならそうなんだろうね?」
いつもよりもじっくりと俺の姿を見つめてくる視線。…別に色っぽいものではない、『観察』の意味合いのほうが強い視線なんだろうけれど、それでも彼女がこちらを見ているのを感じて胸がざわめかないわけがないだろう?
「変装、されるって伺っていましたが…。」
「うん。だって君、そのまま行こうとしているって言ったら猛反対したじゃないか。」
「当然です!!それこそ花火なんか誰も見なくなります!!そんなことになったらせっかく打ち上げてくれる花火師さんに悪いですから!!」
『敦賀蓮』と歩く花火大会を想像したのか、彼女は青ざめ、壮絶な表情を浮かべた。…うん、どんなに着飾ってもやっぱり最上さんは最上さんだな…。
「だから、変装。これなら俺だって分からないだろう?」
「…別の意味で目立ってしまっていますがね…。」
ほら、皆の視線、見てください。と、彼女は軽い溜息をつきながら周囲を見回す。俺が視線をめぐらすと、こちらを見ていた人々が慌てて視線を外した。
「金髪碧眼の麗しい男性が紺の浴衣を着こなしている姿なんて、やっぱり注目の的ですよねぇ。」
確かに頬を染めた女性の視線がほとんどだけれど…気付いている?君を見ている男達の視線も結構あるんだよ?
「ん?じゃあこの変装、失敗?」
「いいえ!!敦賀さんには全然見えません。…でも……。」
彼女は、再び俺の全身をくまなく観察する。…でも、気のせいだろうか?さっきよりも何と言うか…色香のある視線を向けられている、というか…。
「最上さん?」
声をかけると、はっとしたように彼女は我に返り、それから頬を染めながら俯いた。
「…あの、不快に思われないでくださいね…?…今の敦賀さん、その…私が昔会った妖精の…」
「あぁ、『コーン』?」
「はっ、はい…。あの、彼が大人になった時の姿みたいに見えて…。彼も、本当に綺麗な男の子でしたから…。」
そう言いながら、彼女は俯き加減のまま視線だけこちらに向けてきた。…必殺上目づかいに、俺の世界がグラリと傾く感覚がする。
「本当に、コーンがいるみたい……。」
彼女が『コーン』と俺を呼ぶ。その響きは、ものすごくくすぐったい。面映ゆい気持ちに、崩れた顔を彼女から逸らした。
「ごっ、ごめんなさい。じっと見ちゃって…。不快…でしたよね?」
俺のその態度が不安を与えたのか、彼女は慌てて謝罪をしてきた。それに対して俺は「違うよ…」と言葉を返すことしかできない。
「急ごう。電車も混むだろうから、早めに行っておいたほうがいい。」
「はっ、はい…。」
俺の促しに彼女が応じ、再び歩み始める俺達。
「…手。」
「え?」
「はぐれないように。繋ごう?」
「!!はっ、はい…。」
歩き始めると、途端に左手がもの淋しさを主張してくる。それに耐えられなくて、俺は彼女に左手を差し出した。すると、彼女は頬を染め、おずおずと俺に右手を差し出してくる。その小さな手を握り、俺達は駅へと向かう。