秘められない想い(2) | ななちのブログ

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馬車馬のごとく働く社会人ですので、更新スピードは亀ですが、よろしければお読みください☆

「おはよう、敦賀君。」
「おはよう、古賀君。いつも早いね。」
「あはは、まぁね。この現場、本当に居心地いいからさ。気合入れすぎて早く来ちゃうんだよね。」


 敦賀君や京子ちゃんがいるこの現場を、俺は本当に大事にしているんだ。向上心のある若い役者同士で話をすることほど楽しいことはない。…それに、敦賀君ファンの俺としては、京子ちゃんと敦賀君のことを話すの、大好きなんだよね…。本人前にして言えないけれど。


「?あれ?京子ちゃん、どうしたの?」
「……イエ、ナンデモゴザイマセン……。」
 
 笑顔で敦賀君と話をしていると、俺の隣にいた京子ちゃんが真っ青な顔色になり、カタカタと小刻みに震え始めた。


「何でもないことないだろう?おかしいな…さっきまでなんともなかったよね?もしかして、熱でもあるんじゃ…」


 京子ちゃんは笑顔を浮かべているが、目は涙で潤んでいるし、顔が引きつっている。熱でもあるのではないかと思い、その額に触れるべく俺が彼女に手を伸ばした時。


「最上さん、ちょっと聞きたいんだけれど。」
「ハイ、ナンデゴザイマショウ、敦賀サマ。」


 敦賀君が俺と彼女の間に無理やり身体を押しこめて、その手を阻んだ。そして、至近距離に近づいた京子ちゃんの顔を覗き込むように、身体を屈ませる。


「古賀君に、今、何を渡していたの?」
「ハイ…。クッキーヲ、少々…。」
「最上さんの手作り?」
「ハイ…。昨晩、作ッタモノデアリマスガ……。」

 「ソレガ何カ…?」と、カタコトで尋ねた彼女に彼は手を差し出す。


「俺の分。もちろん、あるんだよね?」
「イエ…。敦賀サンノ分ハ、ゴザイマセンガ。」
「何で?」
「ナ、ナゼト問ワレマシテモ…。コッコレハ、古賀サンノタメニオ作リシタモノデアリマシテ…。」
「……ふ~~ん、そう…。」


 敦賀君の声のトーンが、一瞬にして下がった。それと同時に、なぜか周囲から薄ら寒い気配が漂い始める。…おかしいな、悪寒がする…もしかして、風邪でも引いたかな??


「古賀君のために、作ってきたんだ。…俺を差し置いて、古賀君のために、ねぇ。」
「……あ、あの……。」
「こう見えて俺、結構君のこと大事にしてきたつもりなんだけれどなぁ。」
「は、はい。敦賀さんには、本当に大変お世話になっています!!多大なるご迷惑をおかけいたしましたことも何度ございましたことでしょうか~~!!」
「そうだよね、俺ほど君を気にかけて、君のために動く男なんていないよね?」
「は?えっ、え、あ、あの??」
「そうだよね?」
「!!はっ、はい、その通りであります!!」
「それを踏まえて、俺に思うところは?」
「!!はい!!尊敬しています!!」


 京子ちゃんは敦賀君の質問に、間髪いれずに即答した。彼女の答えに、俺は思わず同意を示し、うんうん、と肯いてしまう。そうだよね、敦賀君、本当に君は尊敬に値する役者だよ!!俺にとっても目標だ!!


「…………。他には?」
「えっ、え~、え~っと、……信仰しています!!」


 その答えにも、思わず肯いてしまう。そうだよね、敦賀君って演技の神様みたいだよね!!俺も信仰してみようかな?


「…却下。」
「ほぇ?」
「そんな感情、俺はいらない。」
「ふぇ?えっ、えぇ??」
「…最上さん、いい加減にしてくれないかな?」


 突然、敦賀君の雰囲気が変化し、不機嫌なオーラを漂わせはじめた。苛立たしげなその敦賀君の声は、穏やかな彼にふさわしくない。

「つ、敦賀君。君、どうしたんだ?京子ちゃん、別に悪いことは一言だって言っていないだろう?」


 彼の怒りに対し、真っ青な顔色になり、小刻みに震え始めた京子ちゃん。彼女をかばおうと、俺は彼女と俺の間に立つ、長身の青年に声をかけた。


「古賀君は黙っていてくれ。これは俺と最上さんの問題なんだから。」


 ちらりとこちらに向けた視線は、怒気の孕んだものだった。『お前は敵だ』とその目が語っている。…背筋からゾッと湧き上がる感情がある。それは妙な汗までかかせるほどの視線で、思わず一歩、彼から後ずさってしまう。


「最上さん、俺の言いたいこと、わかる?」
「………せん…。」
「え?」
「分かりません!!」


 不機嫌な声のまま、敦賀君は京子ちゃんに問いかける。それは責め立てるような声音をしていて…。…しばらく震えながらうつむいていた京子ちゃん…。
だが、次の瞬間、顔をあげると敦賀君を鋭い視線で睨みつけた。


「どうしてそんなに私のこと、責めるんですか!?私のこと、そんなにお嫌いですか!?」


 ぷわり、と目の淵に涙を溜めた京子ちゃん。しかし、その視線は敦賀君から逸らしはしなかった。


「嫌いなら嫌いと言ってくださればいいじゃないですか!!なんで近づいてきたり、突然突き放したり、いきなり怒り出すのか分かりません!!」
「も、最上さん…」
「それに、敦賀さんに私の交友関係に口出しする権利なんてありません!!私のことは放っておいてください!!」


 「行きましょう、古賀さん!!」と、京子ちゃんは大きな瞳にいっぱいの涙をためて、敦賀君の脇から俺の下へと歩みより、俺の服の袖を掴んだ。


「待って、最上さん!!」


 そんな彼女の腕を掴む、敦賀君。


「なんですか!!私が共演者と仲良くするのがそんなに気に障りますか!?敦賀さんにはご迷惑をおかけしていないでしょう!?もう関わらないでください!!」
「違うんだ!!話を聞いてくれ!!」
「嫌です!!」


 俺の服の袖を掴む京子ちゃんの表情は、彼女と俺との身長差故か、よく確認することはできないが…。彼女の腕を掴む敦賀君の表情は嫌でも視界に入ってきた。
 彼は、必死になって彼女の腕を捕まえていた。その引きとめる表情は、すがりつき、許しを乞う表情にも見え、ひどく情けない顔だった。


「最上さん!!」
「もう嫌なんです!!好きになってほしいなんて身勝手なことを願って、努力して裏切られるのなんて、もう真っ平なんです!!これ以上、惨めな想いはしたくないんです!!…嫌いだってはっきりと…」
「嫌ってなんかいない!!」


 京子ちゃんが泣き声で叫ぶその上に被さるように発せられた、敦賀君の叫び。それは、どこか痛みを孕む、必死な叫び声だった。
 その声は、周囲のスタッフにも聞こえたんだろう。こちらへ一斉に視線が集まる。
 だが、敦賀君はもちろん、京子ちゃんもその視線に気づけるほど冷静ではないようで…。


「…嫌いになれるわけが、ないだろう?」


 掠れた声で、そう言った敦賀君。その熱のこもった切なげな表情と、掠れた囁き声はなんとも色っぽくて…。


「おい、そこのバカップル。」


 ごくり、と思わず喉が鳴った俺の耳に、雰囲気を一瞬にして無に帰してしまうような実に楽しそうな冷やかし声が聞こえた。


「お前らに10分だけ休憩をやる。」


 ニヤニヤ笑いながらこちらに近づいてきたのは、この映画の総指揮者、新開監督だ。


「ここじゃないところで、決着をつけてきたらどうだ?蓮。」
「…ご配慮、ありがとうございます。」


 …敦賀君は、『暖かな春の陽射し』と呼ばれるに相応しい笑みを浮かべると、敦賀君の叫び声からこちら、すっかり大人しくなっていた京子ちゃんを、スマートに連れ去っていった。

 でも、俺、見ちゃったんだ。敦賀君、穏やかな笑みを浮かべる前に…ほんの一瞬だけれども、シベリアのつららもかくやというほどの視線を監督に向けていた……。


「お~~、怖いね。『邪魔するな』っていうことか?でも、こんなところで始められたら俺らとしてはいたたまれないよな?」
「はぁ……。」


 監督の同意を求める声に、俺は生返事を返すことしかできない。京子ちゃんといつものようにあいさつをしてから5分もたたないうちに様々なことが起こり、頭の中の整理ができず、混乱してしまっている。


「いっ、いや~~っ!!キャ~~ッ!!破廉恥っ!!敦賀さんなんて嫌っ…んぐっ!!??」


 全てを知っているかのように余裕の笑みを浮かべる監督に状況の説明をしてもらおうと「あの~…」と控えめに声をかけたその時。

 ロケ現場の森の中の、穏やかに吹く風に乗せられて…。…全く穏やかではない少女の悲鳴が現場に響きわたった…。


 「な?一緒にいなくて正解だっただろう?」


 少女の絶叫が木霊する現場は、シーンと静まり返っていた。その中で、のほほんとした監督の同意を求める声がかかる。今度こそ俺は、監督に同意と、視界から二人を消してくれた感謝をこめて力強く頷いた。


 ―――何をされているのかは全く分からないが、その現場に居合わせたくないいたたまれない状況であることだけは想像に難くない……!―――


 その後、ほどなくして現場スタッフ達は何事もなかったかのように、次の撮影に向けてセットの組み直しを始めている。プロ意識の高いスタッフ達の姿に脱帽しつつも、恐らく彼らの胸の内と、俺の叫びは同じであるに違いない。


「格好つけて、紳士面するからこんなことになるんだ。キョーコちゃんがものすごく鈍い子だって知らないわけじゃないだろうに。…子どもみないに嫉妬したり、暴走するくらいに秘められない想いなら、さっさと吐きだしてしまえばよかったのに。」


 振り回されるキョーコちゃん、本当にかわいそうだ。蓮も悪い男だよね~。と、監督は呟く。

 そんな監督の隣に立ち「全くですね…」と呟く俺。…それにしても。『敦賀蓮』の本気の想いって、本気で恐ろしい…。


 その後、きっちり7分後。約束の10分丁度に、敦賀君が爽やかな笑顔で颯爽と現場へ戻ってきた。
 …そして絶叫をあげた少女は、彼の隣ではなく、彼の腕の中でお姫様だっこをされた状態で気絶をしていた…。


 「お~い、キョーコちゃん、大丈夫か~?」
 「触らないでください。彼女、男に触れられなれていない純情乙女なんですから。…大丈夫ですよ、ちょっとびっくりして気絶しちゃっただけですから。」


 ―――ちょっとびっくりって、純情乙女に何をして気絶させたんだ、敦賀蓮!!―――


 頬を真っ赤に染めながら、クタリとしている少女を幸せそうに見つめる男の視線は……極上の甘やかな笑顔で。きっと、これ以上秘めていられない想いが、彼の中でずっと次から次へ溢れていたんだろうことが想像させられた。


 その美しい艶やかな笑顔に、「ほぅ…」と周囲から溜息が洩れる。


「…もう、逃がしてあげないから。覚悟、してね?」


 色気がダダ漏れの美声で、物騒なことを腕に抱きしめる少女に囁きかける敦賀君。


 …うん、気持ちは分かったよ。でも、あんまりひどいこと、しないであげてね?彼女、純情乙女なんだろう?


 その後、この映画…『密やかな想い』は、空前の大ヒットとなり、ありとあらゆる賞を総ナメにして、映画界の金字塔を打ち立てることになる。


 敦賀君と京子ちゃん、そして俺の代表作ともなったこの映画について、俺達はいつか笑顔で語り合えるようになるのかな?それは敦賀君の『秘められない想い』の結果がどうなったのか…それによってくるんだろうな。


 俺は現場でしか彼らに逢えていなかったから、その後、二人がどうなったのかはよく分からない。でも、幸せそうに笑う敦賀君を良く見るようになったから、それほど悪い状況にはならなかったのだろう。
……彼ら二人のその後は、また別のお話だ。

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