なんていうか。俺って『そっち方面』は本当に鈍いんだよな……。
昔から天然だって言われていたし、『お前、テレビに映っている時だけでいいから気合入れといてくれよ!!120%の気合をだして、お前は丁度いいんだから!!』って、マネージャーに釘をさされるくらいだし。
でもさ、そういうのって、言ってくれないと分からないと思うよ?
俺だけじゃない。京子ちゃんだって分からないって、敦賀君。
……だからさ、ちょっとは加減してあげてね……
俺の名前は古賀弘宗。一応、抱かれたい芸能人№2に選ばれているような男らしい。…実際、あんまり実感わかないんだけれどね。だって、敦賀君っていう男がこの芸能界にいるんだよ!?わざわざ2番手とか必要なくない!?とか思ってしまう。
俺はどちらかというと、舞台に立つことに生きがいを感じている役者で、ドラマや映画に関しては、ちょっと否定的だったんだ。でも、俺の所属する劇団はまだまだ若手の集まりだし…。そこで、劇団のいわゆる『宣伝塔』に選ばれたのが俺なわけで。
…その理由が、劇団の中で一番見栄えがいいとかいう理由だったわけだけれど…。…団長の言葉だから、拒否権もなかったんだよな。
それから俺は、ちょくちょくとメディアに露出していって、それなりに演技力も認められ、…何より役者としては不本意ながら容姿を認められ、見事その役割を果たしたわけだ。まぁ、そのおかげで小劇団って言われていた俺の劇団も、少しは潤沢になったからよかったのかもしれないけれど。
と、いうわけで。俺は自他共認める演劇バカなんだ。
そんな俺が出会った『敦賀蓮』という男。同世代の男で、抜きんでた容姿と紳士的な態度で人気を博す彼。
俺は彼のおかげで、舞台じゃないフィールドでの『演技』も捨てたものじゃないってことに気づかされたんだ。彼が作りだす世界や、醸し出すオーラはいくら編集を施されるドラマや映画の中でも、廃れることがない。初めて一緒に演技をした時は鳥肌が立ったくらいだった。
彼の演技に生で触れたら、その辺の役者じゃ全然物足りない。彼との共演は勉強になるし、何よりも己を高めていくための力になる!!
純粋に彼の演技を好きになった俺は、今や彼の大ファンだ。
だから、今回の映画の話もすっごく嬉しかったんだ!!以前の共演は、それほど一緒になるシーンはなかったから、いつも見学ばっかりしていたんだけれど、今回はダブル主演ならぬトリプル主演!!青春映画なんて新開監督にしては異色の作品だけれど、彼と作る作品は、きっと見応えのあるものになる自信があった。
期待いっぱいで撮影に入って、期待は確信へと変わり、そして嬉しい出会いがあった。
俺と敦賀君の『想い人』の役。LMEのタレントの京子ちゃん。
栗色の髪に、大きな瞳の可愛い女の子。最初から、元気な声で綺麗な所作であいさつをする彼女に、好感は持っていたんだ。でも、彼女はそれだけじゃない!!演技に対する勘がよく、人を引きつけるオーラを持ち、そして、撮影の間にも驚くべき成長を見せ、演技の才能を開花させつつある。
この二人と共演できるなんて、俺ってどんなに運がいい男なんだろう!!
それに、それだけじゃないんだ。京子ちゃんとは、とっても気が合うし…それに、実は色々とお世話になっているんだよね。
「おはようございます、古賀さん。」
「あ、おはよう、京子ちゃん。」
他の主演二人より遅れて現場入りした俺は、明るいあいさつの言葉に顔を上げる。にこり、と満面の笑顔をうかべた京子ちゃんが、深々と頭を下げてきた。
「今日は元気そうだね。」
「え?」
「最近、元気なかっただろう?ちょっと心配していたんだ。」
「あ……。」
俺が元気そうな彼女の様子に安堵しながら言うと、京子ちゃんも心当たりがあったんだろう。頬を染めながら「ご心配おかけしました…」と恥ずかしそうにまた頭を下げた。
「敦賀君とは、ちゃんと仲直りしたんだ?」
「…なんでもお見通しですねぇ。」
「京子ちゃん、分かりやすいからね。」
撮影が始まった当初は仲がよさそうに会話を交わしていた二人が少し距離を置くようになったのは、最近のことだった。その変化は、スタッフではなかなか気づく者はいなかったかもしれないが、役者として彼らとある意味特殊な繋がりを持つことになる俺には、なんとなく感じるところがあったんだ。
京子ちゃんは、敦賀君から距離を置くようになってから、俺に話しかけてくれることが増えたしね。……だからこそ、お世話になることになったんだけど……
「古賀さん、今日も持ってきましたよ?」
「えっ!?本当!?」
京子ちゃんは、手に提げた小さめの巾着袋を顔の前まで上げて、楽しそうな笑顔を浮かべた。
「と、言いましても、時間があまりなくて大したものじゃないんですけれど…。」
「何言っているの。いっつもすごくおいしいんだから。俺、もうすっかり京子ちゃんのファン!!」
「…えへへ。そう言われるとすっごく嬉しいです。今度、ご心配をおかけしたお詫びも兼ねて、気合いを入れたもの、作ってきますね。」
「わ~!!すっごく嬉しい!!ありがとう!!」
彼女が照れながら差し出すものを、俺は嬉々として受け取る。
中から顔を出したのは、チョコレートがコーティングされているクッキーのようなもので。
「クッキー?」
「えぇ。おからのクッキーです。」
「へ~!!」
「板チョコをそのままかぶりつくよりかは、ましかと思いまして。」
「おからは身体にいいんですよ。」と言う彼女に、「そうだね、ありがとう。」とお礼を言い、その巾着袋の紐を縛りなおした。
「それじゃあまた休憩の時に一緒に食べようか?今日は結構遅くまで一緒だよね?」
「はい。」
「敦賀君も食べるかな?」
「…あ~~。敦賀さんはダメですよ。甘いものがお好きじゃないですし。第一、おやつよりご飯を召しあがっていただくことが先です。」
きっぱりと否定した京子ちゃんに、俺は苦笑を浮かべてしまった。彼女はなんだか敦賀君のお母さんのように彼の食生活を心配している。
「敦賀君も、君にかかれば形無しだよね。」
「古賀さんだってそうです。…私、本当にびっくりしたんですよ!?セットの裏で板チョコにかぶりついている姿を見た時!!」
しかも周囲には、チョコレートの包装紙と銀紙が散らばっていて……!!と憤然とする京子ちゃんに、俺は「ははは…」と乾いた笑い声を出すしかない。
そう。…俺、実はものすごく甘党なんだ…。
「三食チョコレートでもいいとか、平気で言ってしまえる神経、信じられません!!」
「…うん。だからちゃんと食事しているだろう?」
「その点は敦賀さんに比べれば褒めるべき点でしょうが、間食しすぎは体によくありません!!」
「……ごめんなさい。」
「分かればいいんです。」
こうして彼女に叱られるのは何度目だろう?でも、なんだかこうして怒られるのって、嫌いじゃないんだよな。京子ちゃんのその怒りは心配の延長にあるもので、母親を思い出す。昔はあれほど鬱陶しいと思っていたお小言も、身近に感じなくなるとやっぱり淋しいものだから。
「それにしても、古賀さんは本当に素直で素敵な男性ですよね。…それに比べて敦賀さんは…」
ふぅ、と困ったように眉をひそめ、彼女は彼女の中の『小さな子ども』であろう俳優の名前を口にした。
「あはは、敦賀君より、俺のほうがイイ男?」
「そりゃあ、そうですよ。」
あの人は、手のかかる子どもです。と小声で付け加える彼女の言葉に、俺は苦笑する。敦賀君をこんな風に言うのは、彼女くらいなんだろうな。…敦賀君も、彼女といるとものすごくリラックスしているみたいだし。俺みたいに二人目の『お母さん』だと思っているんだろうか?
「あはは、本当に京子ちゃんには頭があがらないな。年下の女の子なのにしっかりしているし。一生ついていきたいかも。」
「うふふ、光栄で…「楽しそうに話をしているね。俺も入っていい?」」
その時、自分の撮りが終わったんだろう。敦賀君が颯爽と俺達のいる場所まで歩いてきた。