「あ、な~~んだ。女の人か~……。」
「へ?」
「え?だって、モデル歩きの特訓に付き合ってくれた人なんでしょ?男の人がそんな相談に乗ってくれるわけないじゃない。」
「違うの?」と友加が問うと、キョーコは慌てて肯定するために大きく頷く。
「は、はい!!そうなんです!!それはもう、神に丹精込めて作られたのであろう、神の寵児のような方でありまして!!お名前は、お伝えすることができないんですが……!!」
「え~~?そんなにもったいぶるような相手なわけ?…誰だろ?」
「あ~~!!はいはい、留美、分かった!!」
「え?誰、誰?」
話がそれたことでキョーコはほっと胸をなでおろした。
(そうよね。普通、相談に乗ってくれるとしたら女のモデルさんよね…)
――― 俺、男なんだけど ―――
あの時、蓮もそう言っていた。困ったような笑顔を浮かべながら、『男』であると言っていたのに。
―――は…それが何か?今更申告されずとも存じておりますが…―――
その蓮の言葉に、あの時のキョーコは特に疑問も持たずに答えていた。敦賀蓮ならば何一つ問題ない。敦賀蓮ならば絶対にできる。なぜならそれは、敦賀蓮だから…と。
(思えばメチャクチャな発想よねぇ…)
盲目的に信奉していた少し前の自分を思い出し、キョーコはクスリ、と笑った。あの時、蓮はとても困った顔をしながら、それでも最終的にはキョーコの願いを受け入れて、指導をしてくれた。
一晩限りの、秘密の特訓…。そして、ナツは生まれた。
(だけど、今夜を過ぎればきっと、二度と『ただの後輩』として敦賀さんのお傍に近づくことはできない…)
「あ!!もしかして、『Kaori』じゃない!?」「え~~?留美は、『メグタン』に一票~」など、まだキョーコのモデルウォーク指導者の候補達の名前が出されている中、キョーコは歩道橋の手すりに触れ、そこから見える景色を眺めた。
東京の大きな歩道橋から臨む景色は、自然がいっぱいというわけにはいかないし、高いビルが立ち並び、ひっきりなしに車が走っている。
自然の多い古都で暮らしていたキョーコは、この中では異質であろう。
それと同じ、なのだ。あの輝かしい男性を想うことは。
太陽のように輝く男性に、誰の愛も受けられず、一人で泣いていた自分が相応しいわけがない。そんなこと、百も承知だ。
それでも。
(愛して、います…。)
伝えようと、そう決意し、その旨を社長に伝えた。そして、社長は背中を押してくれた。
ならば。伝えるしかないだろう。
(あのお部屋とももうお別れね。)
すっかり居心地のよくなった、キョーコに不似合いな蓮のマンションにも、もう行くことはなくなるだろう。あのキッチンには、もうすぐしたら違う女性が立つのだ。蓮に最もふさわしい、美しい女性が。…そして、キョーコがいた形跡はすっかりなくなってしまう。
それは悲しいことだけれど、そうなるべきことで、当然のこと。今までが違っていただけ。
キョーコは瞳を閉じ、深く息を吐きだした。
そんな様子を、千織が見つめている。
「綺麗になったわよね~。」
「え?」
そんな千織の隣に立ち、穂奈美が溜息とともに零した。
「最初は素うどんみたいだったのに。…妙な色気なんか出てきちゃって。」
目を瞑るキョーコは、『ナツ』ではない、普段の『キョーコ』なのだが、それでもにじみ出る美しさは誰の目から見ても明らかになっていた。
「あ~あ、どういった恋をしたら、ああいう色気がでてくるのかな~?」
私も恋がしたいわ~と、これまで『男より演技!!』と主張していた穂奈美が呟く。その様子に、千織はくすり、と笑ってみせる。
「…京子さんの相手は、私、ちょっと嫌かな?」
「え!?ちおりん、知っているの!?」
「えぇ。…内緒だから、言えないけれど。」
「気になる~!!」と叫びつつも、穂奈美はしつこく聞いてくることはなかった。そういう人間であると分かっているからこそ、千織も穂奈美には教えたのだ。「内緒ね?」とさえ言っておけば、友加にも留美にも話しはしないだろう。
…ラブミー部で、聞かされたキョーコの恋の相手。恋をしたからラブミー部を卒業することになるかもしれない、と、奏江とともに聞かされたのは、数日前の話だった。
ずっと何かで悩んでいたのは、千織もなんとなく気づいていた。…親友である奏江はきっと、キョーコの変化に敏感に気づいていたに違いない。
だからこそ、なのだろうか。相手の名前を聞いても、動揺もしなければ、問い詰めもしなかった。ただ「そう…。まぁ、せいぜいその胸のうち、伝えてきなさい。」と言っただけだった。
きっと、これからキョーコが約束し、会うのは『敦賀蓮』なのだろう。…そして、キョーコは全ての覚悟をし、彼と向き合うのだ。
―――ひどい振り方したら、呪ってやるから…―――
脳裏に浮かぶ、微笑みを絶やさない男に向けて、千織は一言、それこそ呪いの言葉を呟いた。