密やかな想い~side キョーコ(1)~ | ななちのブログ

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馬車馬のごとく働く社会人ですので、更新スピードは亀ですが、よろしければお読みください☆

愚かな想いは消し去らなければならない。『偽り』の感情を本気にしてはいけない。

でも、演技の中で『自分』と『役』の境界線をうまく作れない私にとって、この走り出す想いは……。




急速に。でも、密やかに。膨らんでいく想いなのかもしれない。




「はぁ~~……。」




私は、休憩に入るとすぐに逃げるように現場を離れた。本当はこれからお昼休憩だから、社さんと二人で、敦賀さんに何が何でも、食事をさせなければならないところなんだけれど、今日は私のほうが食欲がないから……。




深い溜息をつきながら、大木の幹に凭れかかった。ある程度、人が歩けるように舗装されている道を、ひたすら歩いてこの場所に辿り着いた。コーンの森や軽井沢の川辺に似ている場所だったけれど、2時間しか休憩がないから獣道を通って妖精たちに会いに行くことはさすがにできなかった。それでも、この大きな木を発見できたのは、私としては幸運なことだったに違いない。




「台本、覚えなきゃ……。」




 ぼそりと言葉が口から零れ出た。でも、本当は全ての台詞がきちんと頭の中に入っている。それでも、繰り返して台詞を脳内に呟くことで他のことに集中していないと、心が折れてしまいそうで……。

 

 じわりと湿り気をおびてきた自分の瞳に気づいて、私は慌てて上を見上げた。木漏れ日で照らされた大木の新芽が、キラキラと陽の光を浴びて輝く様は神秘的で、そちらに気を取られると少しだけ気持ちが上昇する。




 『二度と俺に近づくな』




 でも、しばらくして耳に響いてきたのは、先ほど尊敬する大先輩から突き付けられた拒絶の言葉だった。瞳は細められ、冷ややかに見えるのにその奥に激しい怒りの炎が燃えていた。にじみ出る苛立ちと嫌悪に近い感情が私の心に深く刺さり、その刺さった切っ先は傷口を抉りこんだ。




 「…うっ……。」




 ぽろり、と。一滴が零れてしまうともう止められなかった。次から次へと瞳から零れ落ちるものも、口から溢れ出る呻き声のような潜めた嗚咽も、止められない……。




 胸が、痛かった。演技だと分かっているのに。彼にさえも否定されてしまったのだと感じてしまって。

 カットがかかった瞬間に笑わなければ、みっともなくすがりつくところだった。恐れ多くもあの尊敬する大先輩に、他人の目も憚らずに、『見捨てないで!!』と。




 「……どうして、私、こんなにダメな子なんだろう……」




普段の私なら、それが演技なら、敦賀さんに否定的な言葉や拒絶の態度をとられても平気だっただろう。でも、最近、敦賀さんの機嫌がとにかく悪いのだ。それは、最初は気づくことができなかった変化だった。でも、『密やかな想い』の撮影が進むにつれて少しずつその変化を感じ取れるようになった。




彼は、とても不快に思っているのだ。…それは、他の誰でもない。私に対して。




「どうして、ちゃんとできないのかなぁ……?」



撮影が進むにつれて監督が、彼とのシーンに関してなぜか首をかしげることがどんどんと多くなっていった。NGは出されないものの、何やら疑問に思うところがあるような顔をしている。私の演技がダメなのかと思って一度監督に確認に行った。だが、監督は『いや、いい画は撮れているよ。うん。でも、ちょ~っと、想像と違ったっていうか……。まぁ、俺的には全然問題ないけれど。』と笑顔で答えるだけだった。それでも、私と敦賀さんのシーンを撮るたびにそうなるので、不安で不安で仕方がなくて…。甘えていると分かっているけれど、敦賀さんにも聞いてしまった。彼ならその原因が分かっていると思ったから。




『大丈夫。君はちゃんと演じきれているよ?むしろ、完璧なほど……』




彼は、そう答えたのだ。でも、優しい声の中に冷たさがあった。笑顔の奥に、燃える炎があった。…そして気付いた。




―――彼ハ、私ヲ、不快ニ思ッテイル―――




イヤだ、嫌わないで、と。叫んで拒まれるのが怖くて…。でも、このまま嫌われたままでいるのも耐えられなくて。彼が直接拒絶の言葉を口にしないのをいいことに、気付かないふりをしてほんの少し距離を置いた。最後通牒をつきつけられないために。




そんな状況での、今日の撮影。




……耐えられなかった……




「うっ……うぅぅっ……」



堪えようとしても、零れ出る声も涙も止められない。私は、コーンをガマ口の財布から取り出すとぎゅっと台本とともに胸の前で握った。




「コーン……」




コーンが今にも現れそうな場所なのに。ただ一人、別れの場で嘆く自分に優しくしてくれた彼だけれど、その後、やっぱり逢うことはできなかった。私は、やっぱり置いていかれる人間なんだ。




「うぅ~~~……」




目をきつく瞑り、祈るようにコーンと台本を握りしめる。



……お願い、嫌わないで。置いていかないで…いい子にするから…だから、どうか……




「…………」




どうか、の先は、疲れた私の口から無意識に零れ出て。でも、その言葉は音になる前に風にさらわれてしまった。