(前回の関連記事は「呼吸法のメカニズム
」です)
※年末の指導は12月30日(日)~1月2日(水)が休みとなります。
本当は怖かった呼吸法
前回の記事では、伝統的仙道修行で行われる武息(ぶそく)という
呼吸法で下腹部に陽気と呼ばれる熱エネルギーが発生するメカニズム
について説明しました。
要約しますと、
①下腹部の運動⇒筋肉の動き(運動神経)で熱が発生
②吸気を中心とした呼吸法⇒交感神経(自律神経)で熱がさらに強化
③下腹部への意識の集中⇒感覚神経の働きで熱がより感じられる
の3つの働きが相乗的に作用して陽気が発生するわけです。
陽気が発生するまでの期間について仙道研究家 高藤聡一郎氏は
精力のある人で、小周天ができるまでずっとセックス厳禁では
たまらない、と思う人がいるかもしれないが、ヨガのように
何年もかかるわけではないので、我慢してもらいたい。
そのぐらい精力のある人なら、せいぜい数カ月、うまくすると
数週間もしないうちに小周天ができる
このぐらいなら、たいして長い期間とはいえないだろう。
と書いていますが、実際に高藤氏の弟子だった方に話を聞くと、
毎日2~3時間の武息を数年単位で行って陽気が発生した人の
確率は100人に1~2人くらいの確率だったらしいです。
わたしの元にも高藤本を頼りに長年武息を続けていたという方が
来たりするのですが、話を聞いてみると陽気発生どころか肉体や
精神の不調に悩まされるようになった人が多いです。
その原因は先ほど紹介した陽気発生のメカニズムにあります。
そのうち特に呼吸法が不調の原因となる場合が多く見られます。
前回の記事で紹介しましたが、呼吸は自律神経と密接に結びついて
吸気→交感神経 →生体が興奮する
呼気→副交感神経→生体の興奮が静まる
というように体のバランスをとっています。
高藤氏は著書において、自律神経の不調によって引き起こされた
症状を呼吸法で改善する方法を紹介しています。
この呼吸には、最近、ある効果があることがわかってきた。
すなわち吐気には副交感神経を冗進させる作用があり、
吸気には交感神経を冗進させる効果がある。
だから頭痛・不眠・血圧冗進・呼吸の促迫・心臓の動悸・疲れ過ぎ、
血液の酸性化など、プラス・イオンの増加による体の不調の時は、
吐気をちょっと一ひねり工夫すれば、治すのに利用できるわけだ。
逆に、ぼんやりする・いつも眠い。何をやるのも面倒。
元気が無いという副交感神経冗進型の人には、吸気を強めた調息を
すれば、これらの不快さを取り除ける。
交感神経亢進型・プラス。イオン化型の状態の時は、まったく反対に
吸気の時下腹に力を入れ、意識をかけ、長く吸う。
吐気は、力を抜き、軽く短く吐く。
著者の経験では、体が熱っぽい時や興奮状態の時、吐気を強く長くしたら
確かに効果があった。
しかし、普通の状態でこれを冬やったところ体が冷えてまいった。
そして、
陽気を発生させること⇒熱発生⇒生体が興奮する
ですから、高藤氏は武息を行う場合には吸気を強くすることを
重視しました。
ここで読者が具体的にやれるように、著者なりにまとめた方法を
示しておこう。
まず熱を発生させるのは、神経の刺激によるのだから、徹底的に
この点をついていく。
はじめは、呼吸のうち吸気に力をそそく。
これによって交感神経が刺激され、身体が興奮状態になる。
ただ鼻から軽くスッと平坦に吸ったのではさほど効果が期待できないので、
音を立てながら強く思い切り吸ったほうがよい。
もちろん、音がするくらい強く、しかも長いことが必要だ。
極端にいうと、息を吸うときその強さで鼻がへこみそうになるくらい
強いほうが効果がある。
長ければ長いほど交感神経の興奮も大きい。
逆に陽気発生には呼気は役に立たないと切り捨てています。
呼気は気の発生にはあまり役立たない。禅や他の呼吸法でやっている
ように、この呼気を特に長くすると、副交感神経が刺激されるので、
身体の興奮はとれてしまいせっかくの熱エネルギーが逃げてしまう。
気の発生はなんの役にも立たない。この呼気のときはわりに軽く音を
出してスッ!と息を吐けばよい。
高藤氏の説では、陽気発生やクンダリ二ーを目指して禅のような
呼吸法を行う事は無駄になるようです。
このように普段何気なく行っている呼吸を調節することによって、
自律神経を通じて自分の身体の働きをコントロールできます。
ヨガをやっている人の中には心臓を止めたり、胃の働きを自由に
コントロールできるという人がいる。
本来、こうした部分は人聞の意識では動かせないのだが、
彼らは実際に動かす。
これに興味をいだいた欧米の科学者たちが動かせないはずの自律神経とか
内分路系をいろいろな検査をしたところ、意識ではちゃんとヨギの意識の
ままに動いていることを発見した。
以上のように高藤氏は呼吸法の利用法に肯定的・積極的です。
しかし、これに反対の立場をとる人間がいます。
このブログ記事でも何度か紹介したロシアの神秘思想家I・G・グルジェフです。
君たちは〈ヨーギの呼吸法〉について読んだり、ギリシア正教の僧院の
〈心の祈り〉に伴う特殊な呼吸について見聞したことがあるだろう。
それらは全部同じものだ。
(中略)
それが起こるには多くの条件、すなわち断食や祈り、わずかな睡眠や、
肉体にとってのあらゆる困難と苦痛が必要だ。
肉体が大事に扱われていればこれは起こらない。
君たちはギリシア正教の僧院では肉体訓練などないと思っているのかね。
まあ試しに、規則を完全に守りながら百回ほど祭壇の前でひれ伏してみなさい。
どんな体操をするより背中が痛くなるだろう。
これらすべての目標はただ一つ、呼吸を正しい筋肉にやらせること、
つまりそれを動作センターにゆだねることだ。
グルジェフは呼吸法が効果を発揮するためには正しく行うことが必要だと
述べています。
たしかにこれは、今言ったように、時には成功する。
しかしこれは常に、動作センターがその適正な活動の習慣を失う危険性を
伴っている。
たとえば睡眠中のように(中略)肉体が非常にみじめな状態に陥ることも
ありうるのだ。
呼吸が止まって死ぬことさえある。
適切な指導もなしに、自分1人で本からの知識で〈呼吸訓練〉などすれば、
人問機械の機能はほとんど必然的に混乱する。
本で読んだいわゆる〈ヨーギの呼吸法〉で身体の正常な機能を完全に狂わせて
しまった人々が、モスクワではたくさん私のところへきたものだ。
このような訓練を勧める本は大きな危険性をはらんでいる。
実際にグルジェフに助けを求めてきた人の中には、ヨガの呼吸法を行い
心臓を自在に止めることが出来るようになった人がいました。
しかし、その人物はやがて意図的に呼吸を続けなければ心臓が止まって
しまうようになりました。
本来は自律神経によって自動的に動くはずの心臓の働きに対して、呼吸法で
無理に介入したために心臓本来の動きがダメになってしまったわけです。
これは例えるなら、バソコンの機能を向上させようとして設定をいろいろ
カスタマイズしていたら、かえっておかしな動作をするようになってしまう
のに似ています。
「呼吸=自律神経」というものは本来は自然にバランスをとって
働くものです。
ですから、呼吸法を利用した自律神経のコントロールには経験豊富な指導者
(できれば専門の医療従事者)につく必要があるのですが、そういう人間は
稀ですし、その中でさらに深部小周天やクンダリ二ーを達成した人はほとんど
皆無です。
そのため、武息を行う修行者は独習のスタイルをとらざるを得ないわけです。
しかし、武息には正常に働いている自律神経の働きを交感神経が亢進した
異常な状態を意図的に作り出す作用があります。
強力な陽気が発生した状態というのは、ある意味肉体にとっては異常な
状態なわけです。
修行者は「陽気を発生させて小周天をマスターする。」というプラス面しか
考えませんが、そこには大きな落とし穴があります。
そして、一般の気功に関する書籍やサイトでは呼吸法の利点には触れても、
危険性については一切触れていません。
わたしの経験では、数年単位の長期にわたって武息を行っていた人には
・不眠
・のぼせ
・怒りなどの情緒不安定
・精神不安
・抑ウツ症状
といった、明らかに自律神経の異常からくる症状に苦しんでいるケースが
ありました。
(そのため、わたしの指導では受講者に呼吸法は行わせず、波動プログラミングを
利用して同等の効果がでるようにしています。)
このように行を実践する場合には、本やサイトに書いている内容を鵜呑みにして
ひたすら続けるのではなく、
①その行法の基本原理を理解したうえで
②現実(自分の肉体)を直視しながら
③常に結果を検証し試行錯誤を加え続ける
という態度をとらなければ、いずれは今回説明した呼吸法による副作用の
ような深刻な事態を引き起こします。
これは修行者の人生全般に対する態度、言い換えれば生き方自体が
反映されているとも言えます。
神秘行では実践する人物の人間性が試されるわけです。
つづく
※次回の記事更新日は12月20日になります。