呼吸法のメカニズム
前回の記事では、仙道研究家・高藤聡一郎氏が「精力(後天の気)」を
陽気に変化させる方法として、呼吸法を重視していたことについて
説明しました。
高藤氏の著書「仙人になる法」では、武息(ぶそく)と呼ばれる
呼吸法を行うことを勧めています。
陽気を発生させる方法に、武息という呼吸法がある。
下腹つまり丹田のところに意識を集中し、吸う.止める・吐くという
三つの動作を繰り返し、陽気を発生させる。
ヨガでも、プラナャーナという呼吸法がこれとまったく同じことをする。
空気中にある、気とかプラーナを下腹に入れるための呼吸法で、
陽気が発生したりクンダリニーが目覚めるのは、この呼吸法の
力によるというのだ。
しかし、著者の経験では、こういう魔法みたいなことはあまり
関係がない。
問題はむしろ、下腹の運動にある。
前回の記事でブラジリアン柔術の達人ヒクソン・グレイシーが
「火の呼吸」と呼ばれるクンダリ二ーヨガの流れを汲む呼吸法を
行っていた話を紹介しました。
「火の呼吸」を実践している人の中には、効果として
「クンダリ二ーの覚醒」を挙げる人がいます。
しかし、わたしが波動を火の呼吸を実践している人の波動を読んでも
「クンダリ二ー(先天の気)」の覚醒は感じられません。
火の呼吸の効果は「肉体的なパワー(後天の気)」に限定されている
わけです。
もしこれを確かめたいなら、呼吸を無視し、下腹だけ気張らせたらよい。
意識を向けると熱が発生するのがわかるだろう。
もし、ダメなら、にんにくなどの強精剤を飲んで試すとよい。
もっとも、長くは続けられない。
この下腹の運動を無理なく持続させるため、呼吸法が必要になって
くるわけだ。
ある意味ではスポーツに似ている。
つまり、陽気が発生したということは、不思議な力が出てきたというより、
下腹の運動により熱エネルギーが発生したというほうがよい。
意識を集中させるのは、本来なら、その発生した下半身の熱エネルギーが、
ペニスを経て外へ吹き出そうとするのを、丹田に留めておくことにすぎない。
仙道修行をしていて、意識のかけ方が弱いと、精となってほとばしる理由は、
これでおわかりと思う。
気だのプラーナなどというものより、陽気の発生には、下腹の筋肉の鍛練と、
意志の強さが大事ということになる。
以上のように、高藤氏は武息で熱が発生する理由として「筋肉の運動」を
挙げています。
これはよくわかる話で、冬の寒い日に運動や仕事で体を動かしていると
体が暖かくなった経験は誰でもあると思います。
武息はこの運動を下腹部に限定して行うことにより熱を発生させる
わけです。
しかし、高藤氏が陽気発生の根拠にしているのは「筋肉の運動」だけでは
ありません。
呼吸法自体にも効果があると述べています。
医学的にいうと、呼吸のうち吸気には、交感神経を興奮させる作用がある
交感神経とは、先に出てぎた人聞の意識では動かすことのできない
自律神経系のいっぽうの働きを受けもっている神経系で、主に生体を
活動させる場合に働く。
もう一方を副交感神経といい、こちらは生体の働きを静める働きがある。
吐く息の場合、この副交感神経が働き、生体の興奮を静める。
呼吸だけの問題でなく、この二つの神経は生体を維持するため、
一日じゅう立ち働いている。
昼間は交感神経が主として働ぎ、夜は副交感神経が主に働く。
面白いことに消化機能などは、副交感神経の働きなので、昼間でも
食事をすると眠くなるという現象が見られる。
逆に不眠症は、交感神経が興哲しすぎて、眠る時分になっても
副交感神経に働きがバトンタッチしないため起こるのだ。
熱を下腹に発生させるということは、神経の興奮状態を作り出すことだから、
体性神経のうちの感覚神経(意識の集中)、運動神経(下腹の緊張)のほか、
交感神経の興奮を伴わせればさらに効率が大きいわけである。
先に呼吸の謎といったのはこの点で、意識とは関係なしに、呼吸が自律神経を
働かし、特殊な生体の状態を作る。
ここで高藤氏は武息で熱が発生する第2の理由として、呼吸法により
自律神経の働きが高まる事(吸気による交感神経の興奮)を挙げています。
そして、意識の集中(感覚神経)の働きを加えることによってさらに効果が
高まると述べています。
まとめると、
①下腹部の運動⇒筋肉の動き(運動神経)で熱が発生
②吸気を中心とした呼吸法⇒交感神経(自律神経)で熱がさらに強化
③下腹部への意識の集中⇒感覚神経の働きで熱がより感じられる
以上の三位一体の働きで下腹部に熱を発生させるのが武息の
メカニズムだと解き明かしています。
高藤氏は上記の原理を利用した「強化武息」という呼吸法を編み出して
弟子に指導していたそうです。
著者は精力のある人を除いては、武息をさらに強めた強化武息を毎日、
行なうようすすめている。
そのやり方は微妙なので、うまく書きにくいが、要は武患のとき吸う息、
吐く息にさらに力を込めるのだ。
前にもちょっと書いたが鼻の穴がへこむくらい下腹に力を入れて息を吸い、
それに負けないぐらい強く下腹をへこましながら息を吐くのである
(時聞は調息のように吸吐均等がよい)。
その姿はちょうどフイゴのようで、吸うときも吐くときも音がゴーゴーと
響く。(ただし息は止めない)。
このとき、手足の動きも伴わせたほうがよいが力の入れ方がむずかしいので、
独習者にはすすめられない。
ここまで来ると呼吸法というよりは、「運動法」といった方がいいような
気がします。
(念のために書いておきますが、武息や強化武息はうまく行わないと
体を壊す原因となりますので、これを読んでいる方は行わない方が
無難です。 )
実際に大陸書房時代の高藤氏から直接指導を受けていた方からは、
禅のような瞑想法をしているというよりも、スポーツを習っているような
雰囲気だったと伝え聞いています。
それも和気あいあいと楽しむタイプのスポーツではなくて、後ろで竹刀を
持った鬼コーチが睨みを聞かせているような殺伐とした雰囲気で。
入門初日から上記の激しい武息呼吸を1~2時間やらされて、当然、体の
あちこちが痛むのですが、「痛いから休ませてください。」などと言えるような
雰囲気は皆無で脱落する人がかなりいたそうです。
中国武術も教えていたのですが、 馬歩(空気イスのような立禅)を徹底的に
やらせたうえで、弟子同士を防具なし・素手で顔面を思いっきり殴らせたり
する過激さです。
その他にもいろいろなエピソードを聞いているのですが、とにかくかなりの
スパルタ式の教え方で、特に古参の弟子に対する態度は非常に厳しかった
ようです。
大相撲の稽古部屋から竹刀が撤去され、学校では体罰はおろか生徒の
持ち物検査も人権侵害で問題となる風潮の、現代の「人権国家・日本」では
不可能な指導法でしょう。
そういう時代の変化を感じたこともあって高藤氏は姿を消したのかも
しれません。
ただ、わたしから見て興味深いのは、こういったスパルタ式の激しい
指導法が姿を消した日本が衰退の一歩を辿っている事実です。
以前、このブログ記事で紹介したロシアの神秘思想家グルジェフは、
意図的に弟子を過酷な状況に追い込むことによって眠っている能力を
覚醒させました。
密教でおこなわれる荒行も基本的な考え方は同じだと思います。
人間というものは理不尽で過酷な状況にさらされなければ、本来持って
いる力は発揮できないということなのでしょうか。
つづく
※次回の記事更新日は12月10日になります。

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