ヒラリー・クリントンが大統領選を本格始動~スピーチの分析 | MATTのブログ ~ 政治・経済・国際ニュース評論、古代史、言語史など ~

MATTのブログ ~ 政治・経済・国際ニュース評論、古代史、言語史など ~

元新聞記者。 アメリカと日本を中心にニュース分析などを執筆します。


Hillary2

2016の米大統領選への出馬を表明したヒラリー・ローダム・クリントン前国務長官が613日(土)、自身の初めての大規模集会をニューヨークで開きました。本格的な選挙戦のスタートとも言われています。


この集会でのスピーチでヒラリー氏がどんなことを言ったか、今日はそのヒラリー・クリントン氏のスピーチ を分析しつつ、お知らせしたいと思います。



まずひときわ印象が強いのが、68歳という高齢であるにもかかわらず、その整った美貌と、女性らしさを残しつつも力強く魅力的な声、知的で上品で洗練された雄弁術です。ショートにした美しいブロンドの髪に鮮やかな真っ青なスーツ。老いをまったく感じさせず、大統領の激務にも十分に耐えうると思わせます。ここは大統領選に出馬する候補者にとって、大変に重要なポイントです。さらに、訛りのない、きれいな、大変聞きとりやすい英語を話しています。



次に、気が付いたことは、これまでの彼女のスピーチに比べ、よりお腹から発声し、張りがあって勢いのある、遠くに届く良い声を出しており、また声のトーンを低めにしています。スピードも、遅めにしています。これは大統領にふさわしい、力強く威厳のある声に聞こえるようにするためでしょう。通常の女性の声のトーンは高すぎるため、キンキンと響いて聞きづらい場合があるうえ、軽く聞こえてしまう難点があるのです。ですから、こうした公の場所では、やや低めで話すのが良いと言われています。



けれども、普通の国会議員のレベルと比べたら、ヒラリー氏のスピーチはものすごく上手なのだと思いますが、大統領を目指す有力候補者としては、まだ足りない点があるような気がします。



これは頭の良い人が話すときに陥る共通した弱点なのですが、スピードがまだ速すぎ、一度に多くの内容を話し過ぎであるように思えます。いつものスピーチよりはスピードを落としてはいますが、政策の話にしてもエピソードにしても、細かい話が多くて、まるで弁護士の法廷演説のようです(まあ、たしかに彼女は本物のエール大のロースクール出身の弁護士ですが)。



つまり、今後の彼女の課題としては、いかに法廷弁護士に見えず、大統領に見えるか、いかにそのようなスピーチに改善していくか、だと思われます。ですから、私の視点では、彼女が本当に大統領の椅子に近付くには、その点が最大の課題ではないでしょうか。アメリカでは、「大統領にふさわしい人」が大統領に選ばれるのではなく、実際には「大統領に見える」人が選ばれる、という話もあるくらいです。


もう一つ気になる点は、彼女が非の打ちどころのない強い女性であるということです。いったい、なぜそれが弱点になるのでしょうか。彼女はブロンドの白人で、容姿も美しく(高齢ではありますが)、プロテスタント(宗教的主流派)で、頭が良く、エール大のロースクールという大変な高学歴の持ち主で、弁護士でもあり、ファーストレディー経験者であり、国務長官まで経験しており、有能で、かなりの金持ちで、男性顔負けの強い精神の持ち主で、女性運動の闘士でもあります。娘はスタンフォード大を卒業し、オックスフォードとコロンビア大で修士号。さらに孫までいる。まったく非の打ちどころがない。米国で、この人ほどすべてを手に入れた女性はほかにいないほどなのです。だからこそ、世間の人々の反感を買う恐れなしとは言えないのです。



実際に、彼女は大学生時代はばりばりの共和党の運動家でした。つまりそれは典型的な米国の支配階層である「白人でブロンドでプロテスタントで共和党支持者。しかも性的にストレート(LGBTではない)」ですね。いずれにしても、どこをとっても、弱者の味方らしからぬプロフィールなのです。


一方、彼女はビル・クリントン大統領を尻に敷きかねないファーストレディーでしたし、「(強すぎる)ヒラリーは、ひと昔前のウーマンリブ運動の闘士のようだ」との批判も聞こえています。



次に、内容面です。ヒラリー氏がスピーチの中で打ち出した政策の中で、もっとも印象に残ったのが、「トップ25人のヘッジファンド・マネージャーは、すべての幼稚園教諭を足したよりも収入が多く、しかも税率は低い」「どれだけの若者が借金づけにならないで大学に行けるのか」「どれだけの人が仕事に就けるのか」「大学の学費をすべての人が大学に行けるぐらい安くしましょう」「人々が生涯、教育を受けられるようにしましょう」「大学へ行きましょう!」「仕事を始めましょう!」「家を買いましょう!」「努力すれば見返りがある国にしましょう」「だれも置いてけぼりにしない国にしましょう」「共和党は企業に対して減税を行ったが、それでどうなりましたか?不公平はますます大きくなっています!」と、アメリカ国内のひどい所得格差・不公平を問題にし、金持ちや企業に対する減税を図ろうとしている共和党の政策を激しく攻撃し、中産階級及び低所得層の夢を援助するポジションを打ち出していることです。



最近の彼女の発言を聞いていても、こうしたアピールポイントは彼女の中心的な主張のようです。まあきわめて民主党らしい政策といえますが、この激しさは、民主党の中でもとくに左派色が強いように思われます。といっても、アメリカ国内の貧富の格差は、多くの米国民も認め、何かしら対策が必要と考えていますから、たしかに一定程度の広い層にアピールする可能性はあると思われます。



そして、スピーチの中で、彼女の存在を印象づけるために使われているのが「あなたが成功しなければ、アメリカも成功しない」というキャッチフレーズです。主に中間層と低所得層にアピールしようということでしょう。これも、民主党の候補者としてはある意味、正道と思われます。


共和党については、「昔から同じ歌を歌い続けている。『イエスタデイ』という歌をね」とユーモアでおちょくっています。「昨日まで僕の悩み全てはどこか遠くにあるものだと思っていたんだけど、まるで今はここにずっと留まっているみたいだ」と、半ばビートルズの歌を、なんとなく歌うようにしてスピーチに織り交ぜていました。

あと、ヒラリー氏の本来のもう一つのアピール点は女性問題だったはずで、今年1月の世界女性会議でのスピーチでは「妊娠中絶の合法化」や「女性の地位の向上」などを訴えていましたが、今回のスピーチでは封印したようです。おそらく、女性問題をアピールすることは、保守派を敬遠させ、より広い支持層の獲得のために貢献しない、と判断したためでしょう。



一方、左派的な主張に賛同する支持者だけでは、とても当選はおぼつかないでしょう。それ故、ヒラリー氏は「私は一部のアメリカ人のためだけではなく、すべてのアメリカ人のために大統領になりたい」と何回か繰り返していました。左派的な政策を打ち出す一方で、幅広い支持が得られないのもまた困る。だから「すべての人のために大統領になる」と強調しているわけでしょう。果たして、この台詞をどこまで有権者に信じてもらえるでしょうか。まあそれでも、米民主党は、ウォール街との密接な関係があるとも指摘されていますので、結局は、中間層と金融業者の両方に甘い顔をせざるを得ないのかもしれませんが。



後半、自らの生い立ち、とくに母親についても触れていました。彼女がまだ少女だったとき、母親は、彼女がいじめや不平等を受けたとしたら、彼女が黙って引き下がることを決して許さなかったそうです。母親によく言われた言葉は「人生はあなたに何が起こるかではない。起きることにあなたがどう対処するのかだ。だから、また外へ出て闘いなさい」なのだといいます。


成長したヒラリー氏が上院議員を務めていて、仕事で疲れ果てて帰ってきてぼやいたときも、また同じ言葉をくれたのだそうです。ヒラリー氏がその強靭な精神をどうやって培ってきたのかがよく分かる逸話です。こうした個人的かつ人間的なエピソードも、有権者に自分がどんな人間であるかを印象づけるために大変役立ちます。



最後にヒラリー氏が言ったことで面白かったのは、「私は最年少の候補者ではないかもしれません。けれども、私が大統領になれば、最年少の女性大統領になります」との言葉です。この言葉に続いて聴衆から歓喜の声がわき起こりました。つまりこの言葉は、自分の年齢が決して若くないことはマイナス点かもしれないが、初めての女性大統領が生まれる価値は大きいのではないか、ということです。それはその通りでしょう。さらに彼女は「(孫がいるため)おばあちゃんの大統領でもあります」と続け、聴衆の笑いを取りました。



また、ヒラリー氏が広範な米国民から受け入れられるかどうかを占うもう一つの視点は、現在の米国民の気分がどういう状況にあるのか、でしょう。たしかにアメリカの貧富の差、所得格差、資産格差は前代未聞に激しくなっており、国民分裂の危機にあるとさえ言えます。そのため、この問題を何とかしなければ、と考えている米国民は多いはずです。ミズーリ州ファーガソンなどでの黒人暴動は、国民分裂の典型的な表れでしょう。



ただし、一方で、中国の南沙諸島における暴走や、米国中心の金融秩序に挑戦するAIIB構想に世界の多くの国々が参加し、米国の顔に泥を塗られたこと、さらにロシアのウクライナ・クリミア問題への介入は、米国の影響力の低下を如実に示していますが、これに抗して「強いアメリカ」を求める声が日増しに大きくなりつつあるのも事実です。ヒラリー氏は今回のスピーチで、外交や国防問題についてはまったく触れていませんでした。



したがって、米国民の気分が今後、どのような比重になっていくのか、どう動いていくのか、その見極めが非常に重要だと思えます。