「だからさ・・こっちは忙しいんだから。 用もないのに来るなっつーの、」
志藤は迷惑そうに真尋に言った。
「や、なんか。 煮詰まっちゃってさ、」
「煮詰まったやつが! こんなとこで漫画なんか読むか!」
暢気に漫画雑誌をデスクの隣で読まれて非常に腹立たしかった。
「あー、ねえねえ。」
真尋は思い出したように話しかけてきた。
「あ?」
「あの・・斯波って男。 なにモン???」
「へ?」
志藤はタバコを手にしたまま真尋に振り返る。
「なんかフリーの音楽の・・ライターだとか。 今もそれ続けてるとか・・・」
「ああ、まあ。 ウチも専門家が欲しかったし。 ほんまにクラシックのこと勉強してるから・・・。」
志藤は思い出したように棚から雑誌を数冊取り出した。
「これとか。 おまえのことも書いてるで、」
付箋をしたページを開いた。
真尋のデビュー公演のときのものだった。
『北都マサヒロは日本では無名のピアニストだ。 コンクールでの輝かしい経歴もない。 この若い演奏家を起用した北都フィルは勇気がある、と思いもしたが彼の演奏を初めて聴いて驚いた。』
真尋は身を乗り出すようにその記事を読んだ。
『テクニックはまだまだだが、その表現力の豊かさそして溢れんばかりのイキイキとした旋律。 オケに気後れすることなく堂々と、それどころか彼が弾くピアノの音がオケ全体を引っ張るように。 聴いていてこんなにわくわくする演奏は久しぶりだった。・・・・』
とにかく
真尋の演奏を褒めちぎってあった。
「あいつの評論ってけっこう辛口なんやけど。 おまえのことはめっちゃほめてる。 どの公演でも、」
志藤につくづく言われて
「・・・・や・・・ここまで言われるとな~~~、」
真尋もそう言いながらもまんざらでもなさそうだった。
「まー、とにかく。 音楽のことはよく知ってるから。 曲作りで煮詰まったらあいつに相談したら?」
「・・って、なんっか・・・近寄りがたい空気もあるんだよなあ・・・」
それでもやっぱり苦手なのだった。
そして絵梨沙はひとつのヤマを越えて、ものすごくミナとのセッションが楽しくなってきた。
「今のところ。 もう少しピアノ抑え目にして。 ヴァイオリンの高音が鈍る、」
斯波の指示も素直に聞ける。
「あの、この部分なんですけど。 どうしても走り気味になってしまうんですけど、」
絵梨沙が楽譜を広げてあるテーブルに来て、斯波にずいっと近づいて話をし始めると
「えっ・・・・」
彼は少し驚いて、彼女と距離を取った。
「・・??」
その行動がなんだか不自然で怪訝な顔をした。
「ここは。 きみがきちんとリズムを守って。 そうすれば・・・桜庭も合ってくるから・・」
また目も合わさずにそっけなく言われた。
少し彼に慣れてきたとは思うけれど
ずっと気になっていたことがあった。
ミナと話をするときと自分と話をするときの態度が違う気がして。
まともに視線も合わせてくれない・・
絵梨沙はため息をついた。
やっぱり絵梨沙にはちょっと冷たい???
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