志藤はやや呆然として
「・・・読まれへんやんか・・コレ。」
とその手紙を差し出した。
「え??」
南がそれを手にすると
確かに・・・・
外国語が全くダメな志藤には無理な状態だった。
乱れてはいたが、よくみると英語だった。
「・・・英語になってる・・・」
「え、ほんま? 早く訳して!」
志藤は身を乗り出した。
「えっと・・・『この手紙を読むときはおそらくもう公演が終了しているだろう。以前、真尋のCDやらを発売する話があったが、それを見てあなたがやれそうだと思ったら、CDでもビデオでもなんでも出してやりなさい。 ひょっとしてもう自分はこの世にいないかもしれないが、今後は私の名前を利用してもいいから、彼を世に出してやって欲しい。 それは日本でもウイーンでも彼の思うままにやらせてやって欲しい。 もう技術的な面は世界の超一流のピアニストたちに引けはとらないはずだ。 あとはどれだけその名前を世界中に広めてやるかだけだと思う。 何十年もたくさんのピアニストたちを見てきた中で、彼はその中でも誰にも似ていないタイプだった。 この才能を自分の手で開花させてやりたかった。 アルデンベルグとの公演は私が関係者に連絡をして、宣伝をしておく。たぶんたくさんの取材が来るだろう。 彼の今後を全てあなたに託します・・・・』」
南は一気にそれを読んで、胸がいっぱいになって無言になってしまった。
「・・・それで。 あんなに取材の申し込みが来たんやな・・・。」
志藤もポツリと言った。
「そのおかげで・・・あんなにマスコミが殺到して。」
南は手紙を折りたたんだ。
二人はシェーンベルグの真尋への深い愛情を思い知った。
「・・責任。 重大やな・・。 めっちゃプレッシャーや、」
志藤は静かに微笑んだ。
真尋と絵梨沙はタクシーで劇場に向かう。
「・・・真尋、あれ見て・・」
絵梨沙は真尋の腕を叩いて窓の外を指差した。
「え?」
劇場の周りにずらっと並んだ人。
当日のチケットを求める人々だった。
それはかなり長い列となっていた。
「・・・あんなにたくさんの人達が・・・・来てくれてる。 昨日はあんなにいなかったのに、」
絵梨沙は嬉しそうに真尋に言った。
昨日の公演は
アルデンベルグよりも真尋のほうが評判になっていた。
評論家やそれを見た世間の人達は真尋のピアノを絶賛した。
そのたくさんの人達を見て真尋はかあっと心が熱くなった。
たくさんの人たちに自分のピアノを聴いてもらいたい。
それだけを思っていたのに。
こうしてお金を払って、自分のピアノを聴きに来てくれる人達を目の当たりにすると
プロとはこういうものなのだと
シェーンベルグが教えてくれたことがそのまんまダイレクトに心に響いてくる。
昨日からたくさん涙を流した。
シェーンベルグの死は
今でも信じられないけれど
前よりもずっとそばで彼が見ていてくれるような気がした。
フラフラしていた自分に1本がっしりと太い芯を入れてくれたように
これからは彼が命を懸けて教えてくれたこのピアノを
世界中で弾いていきたい。
自分のすべてを真尋に注ぎ込んだシェーンベルグの思いを志藤は痛いほど思い知ります・・・
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読んで頂いてありがとうございました。
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