「ほんと・・・レオさんたちにメイワクかけちゃって、」
彼らの家から帰ってくる途中、歩きながら絵梨沙は真尋に言った。
「・・・なんかさー。 驚いちゃって、」
真尋はボソっと本音を言った。
「え?」
真尋は彼女の手を探るようにぎゅっと握った。
「驚いた・・っつーか。 絵梨沙がピアノ以外の仕事、本気ですると思わなかったし。」
「・・・真尋の負担になりたくなくて。 フランツが紹介してくれたシッターの仕事ならあたしにもできるんじゃないかって・・最初はそんな感じで。 でも、マリーもレオさんもすごくいい人だったから。 レオさんと奥さんも音楽院の同級生だったんですって、」
絵梨沙はクスっと笑った。
「え?」
「それ聞いたら。 すっごく親近感が沸いちゃって。 小さな子供を遺して急に奥さんが亡くなって。 男手一つですごく大事にマリーのこと育ててるの。 忙しいだろうに、いつもきちんと時間になると帰ってきて。 全てマリーのために頑張ってるって、思って。 あたしも少しでも役に立ちたいなって思った、」
絵梨沙は本当の気持ちを彼に話した。
真尋はあの妻の写真だらけのピアノの部屋を思い出した。
「あたし。 音楽院にいた頃も、パパと真尋以外の人達にあんまり心を許せなかったし。 なんだか・・ピアノを弾かなくなってからのほうが、人間に目を向けることができるようになった、」
絵梨沙はふっと笑った。
彼女は不器用だ。
ピアノになったらもうそれだけで
自分との恋愛に傾いたことだって、驚きのことなのに。
皮肉なものでピアノが弾けなくなってから、ようやく『人間らしい』気持ちを経験しているのかもしれない。
彼女にはゆっくりした方がいいって言ったけど
やっぱりまたピアノを弾いて欲しいという気持ちがあって
シッターの仕事を始めてしまった彼女に少し焦りを感じていたのかもしれない・・・
真尋は小さなため息をついて夜空を見上げた。
絵梨沙はこうして少しずつウイーンの生活を楽しめるようになった。
午前中はシェーンベルグのスタジオを訪ねて、たまにそこで寝起きしている彼に
「おはようございます。 サンドイッチを作ってきました、」
朝食を差し入れすることもあった。
「・・・あんたじゃなくて、ヤツが来れば別に大丈夫だから、」
甲斐甲斐しくスタジオの掃除や自分の食事の面倒まで見てくれる絵梨沙にシェーンベルグは少し気後れしたように言った。
「真尋に使わせていただくと、ホント散らかりますから。 先生のご厚意で遅くまでここも貸していただいているので。」
と、ニッコリ笑って乱雑に散らかった雑誌などを片し始めた。
シェーンベルグはため息をついて、そのサンドイッチを食べながら引き出しから封筒を出した。
それを絵梨沙に差出し、
「・・今夜のオペラのチケットじゃ。 行ってきなさい、」
と手渡した。
「え・・・」
そこには二枚のチケットが。
「でも、」
突然のことに戸惑ったが、
「商売柄。 よくもらう。 ヤツにはよくやったりしてるから。」
ぶっきらぼうだが、自分を気遣ってくれる気持ちが伝わってきて
「ありがとうございます。 今日はシッターの仕事が休みの日なので行かせて頂きます。」
ニッコリ笑って受け取った。
絵梨沙はピアノ以外のことに初めて正面から向き合える自分に嬉しさを感じていました・・・
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