こうして。
『Ballade』のバーテンをすることになってしまった。
レッスンは毎日3時から5時まで。
その後、店で仕事をするということになりそうだった。
「マサの家は金持ちなんだろ~? お父さんに出してもらったら?」
フランツにそうからかわれたけど
「おれはね。 一人で生きていくために家を出たんだよ? 日本はね、ぜんっぶ長男が美味しいトコ持ってくんだから。 次男なんか家出て自分の仕事見つけるっきゃねーんだよ?」
「ハハ・・・。 まあ、マサらしいけどね。 でも・・・。 シェーンベルグ先生には教えて欲しいってピアニストたくさんいるんだから。 そこまでいけただけでもすごいよ、」
店のグラスを磨きながらため息をついて
「でもさあ・・・。 ロクなレッスンしねーんだぜ? 子供がやるみたいな指の運動ばっか! 2時間も!! その間自分はソファでグウグウ寝てるんだから! ほんとに巨匠なのかな・・・。 ソックリさんとかじゃないよね?」
真尋の話にフランツは大笑いした。
くっそ~~~
これであのレッスン料は合わね~~~~。
真尋は奥歯がギシギシ言うほど、顔をゆがめてその『練習』を続けた。
終わりの時間が来ると、アクビをして巨匠はようやく起きた。
「あのさあ・・・。 もちょっとレッスンらしいことしてくんない?? おれだってコンクールに出るって決めたからには、こんなことばっかじゃヤバいってわかるし、」
イラだってそんなことを言っても、
「・・フェルナンドも。 随分甘やかしたもんだなあ・・・。 確かに。 表現力はズバ抜けてるけど。 テクニックが必要なところはうまくごまかしてるだけで、ぜんっぜんできてないし。」
非常に痛いところをついてくる・・・
「ま、それじゃあコンクールは通らんな。 おまえはコンクールに反発するようなこと言ってるけど、実際通らないって自分でわかっているから出ないだけだったんじゃないか?」
もう、心に何本もの矢が刺さったようだった。
この
クソジジイ・・・・
悔しいが図星とも言えないこともないので、さらに奥歯が磨り減るほどグッと堪えた。
「おまえなんかこの練習からで充分だ。」
そう言って、杖をついてさっさっと出て行かれてしまった。
正直。
ウイーンに来てからは順調するくらいだった。
学校でもマエストロ・シモンにも認められ、日本では華々しくデビューまでして。
しかし
そんなものこっぱ微塵になるほどこのジイさんは容赦なかった。
「真尋、すんごいおじいさんにコテンパンになってるってほんま??」
日本では南が心配そうに志藤に言った。
「うーん・・。 あいつが何とか一人で頑張ろうって気になってるから・・・。 なんとかその巨匠に賭けてみようかと思ってるんやけど。 ウイーンの有名なコンクールにも出ることになってしまって。 当分、仕事取らないようにって電話来たし。」
志藤はふうっとため息をついた。
「フェルナンド先生にも沢藤先生にもその巨匠のことは相談したけど、二人は真尋のために今は耐えて欲しいって・・・。 これはひとつの分岐点になるかも・・・」
「どうなってしまうんやろ・・」
「おれにもわからへんけど。 今は、ジッと待つしかない・・・」
志藤は腕組みをしてそう言った。
「コレ、」
指の運動ばかりの練習が1週間ほど続いた後、シェーンベルグは1枚の楽譜を手渡した。
「え・・」
それはショパンのエチュード10-4
「それ。 弾いてみろ、」
いきなりそう言われた。
ロクなレッスンも受けぬまま、次の段階に??
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