何度通しで弾いただろう。
私のほうがクタクタになってしまった。
しばらくイスに座って動けなかった。
コンクールの前でもこんなに弾いたりしたことはなかった。
「・・だいじょぶ?」
彼は全く平気なようで私を逆に気遣った。
「え・・・。 うん、」
疲れてもう立ち上がる気力もない。
彼はスッと手を出した。
私は少し思いを巡らせた後、その手を取った。
何とか立ち上がったあと、
「・・ありがと、」
彼は静かにそう言って笑った。
ううん。
私は自分のために彼の手助けをしている。
彼のラフマニノフが聴きたいから。
私は彼の毒に冒されつつあった。
自分でわかっていても、もう手遅れで。
あのピアノの魔力にとりつかれ。
そこから離れることができないのだ。
こんなに練習をしていても、なぜかオケと合わせるとぎくしゃくする。
それは私が聴いていても違和感を感じるほどだった。
「もっといつものように弾けばいいのよ、」
エレナがそう言って慰めてくれているようだけど、まだ周囲の目は厳しかった。
マエストロは落ち着いて、静かに見守っているようだけど。
どんどん彼にプレッシャーがかかっているのはわかっていた。
「ぼくも今日見に行ったよ、」
父はカバンに書類をつめながら言った。
「なんか彼らしいところが全然出ていなくて、」
私が沈んでそう言うと
「・・彼のいいところはね。 何にも縛られない自由でのびのびしているところで。 だけど、絵梨沙とデュオをしたときにわかったと思うけど、『音を追いかける』とそれが不思議なことにまた違う力を発揮する。 『音をつかまえよう』とするときまだまだ彼の奥底に眠っている『力』が漲って。 本当に素晴らしいものになる。 他の音に息吹を吹き込むように。 まだね。 気負っていて彼に余裕がない。 シモンもそれをわかっていると思うよ、」
父はすごく冷静に彼を見ていた。
確かに
あの『花のワルツ』の時のような自由さがない。
彼一人に相手は大勢のオケ。
さすがの彼もなかなかその間合いが掴めないようだった。
「まあでも。 何を言ってもたぶん・・・・今はダメかもしれない。」
父は続けてそう言った。
「え?」
「彼は自分の感覚で理解しないとダメなんだ。 シモンもそれをわかっているから何も言わない、」
虚しかった。
何かをして彼を助けてあげることなんかできない。
協力してあげたくても
もう見守るしかない。
そんなことが悲しく思えるときが来るなんて
ホントうそみたいだったけど。
何とか彼を助けたい、いつの間にか絵梨沙はそう思うようになりました・・・
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