私がそうとう驚いているのに気がついた父が
「彼がね。 バイト紹介してほしいって言うから。」
と声をかけてきた。
ハッとした。
「・・バイト・・・」
まだぼうっとしていた。
「言葉を早く覚えたいからって。 学校だけじゃまどろっこしいから、実際働きたいって。 すごい突飛なことを言いだすなあって。 でも。 彼のピアノが生かせるんじゃないかって、すぐにフランツの店を思い出してね。 お願いしたんだ、」
そのいきさつを話してくれたけど
そんなことはどうでもよくて。
曲が変わった。
シューベルトのセレナーデ。
お客さんたちはみなお酒を飲むのも忘れているみたいで。
私もその中の一人だった。
「不思議な子だろう? 曲の解釈を言って聞かせなくても。 もう全部わかっちゃってるみたいに。 自分の想いをピアノに出すことは簡単そうで難しいこと。 それを教えなくてもできる子なんだ。 逆に『ああ、この曲はそうだったのか、』って新しい発見さえする。 微妙な間や音の強弱、その感覚がズバ抜けている。 」
父はさらに彼の素晴らしさを説明してくれた。
そこに
「しかも。 少しレパートリーを増やしてほしいって言ったら。 2~3度他のピアニストが弾いてるのを聞いただけで弾くんだから。 耳が人並み外れていい。 だから・・・・もうドイツ語もいつの間にか会話程度ならペラペラだ、」
いつの間にかにフランツが来ていた。
まだ
彼がここに来てからたぶん1か月も経っていない。
信じられなかった。
その超人的なエピソードは
私を驚かせるには十分すぎたけど
それよりも
彼のピアノが。
巧く説明できないから一度聴いてみるといい。
そう父が言ったことが身にしみてわかってしまった。
2曲を一気に弾き終えて、店の客からは拍手が起こった。
彼はにっこり笑って立ち上がり、おどけて宮廷風のお辞儀をしてまたその場が湧いた。
彼は2時間ほどそこでピアノを弾いて仕事を終えた。
「いや~~、来てくれたんだァ! 嬉しいな~~、」
着替えてきた彼は私の横にやってきた。
もう
いつもの『ヘンな人』に戻っていた。
真尋の『衝撃』のピアノでした・・・・
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