「まだ・・・やめたほうがいいと思う。」
志藤は彼女と目を合わさずにそう言った。
「え・・?」
「・・記憶がいったりきたりみたいな感じやから。」
「記憶?」
志藤はゆうこを安心させるように
「ゆうこは感受性が人の倍やから。 あの社長を見たら・・・めっちゃショック受けると思うわ、」
とふっと笑った。
「どういうことですか?」
「ゆうこにとって社長は憧れで・・・特別な存在の人や。 現実とはいえ、やっぱりいつもの社長に戻ってからやないと。 受け入れるのが大変やないかって、」
「幸太郎さん・・」
「もう少し。 せめて一般病棟に移ってからのがええと思う、」
そう言ってバスルームへ移動してしまった。
本当は
北都の記憶から真太郎だけが消されてしまっていることを彼女に話した方がいいのか、と思いもしたが。
ゆうこは学生だった真太郎と一緒に頑張って、北都の仕事を支えてきた。
きっと二人ともまだまだ未熟で、お互いに励ましあいながら頑張ってきたんだろう。
自分にさえ計り知れない絆があった。
ナイーブなゆうこがそんなことを知ってしまったら、どんなにかショックを受けるだろうかと想像してしまった。
志藤は洗面所の鏡を見てため息をついた。
真太郎・・・
南は暗い部屋でぽつりと電気もつけずにひとりぽつんといた。
泣いてもわめいてもいい。
あたしに当たってもいい。
あたしはどんな真太郎でも受け止めるから。
だから
ここに帰ってきて・・・・。
両手を組んで額に充て、もう祈るような思いであった。
「そんなにお飲みになって、大丈夫ですか?」
リエはウイスキーの水割りをどんどんと飲む真太郎を心配するように言った。
「・・もう。 いいんです。 どうでも・・・」
呂律も回らないくらい酔ってしまった。
「おれは・・何のために・・生まれてきたんだ。 ・・何のために・・・ここまでやってきたんだ・・・」
全てを吐き出すように、真太郎は酒に身を任せた。
あの人の息子として、長男として34年間生きてきた。
もう自分の存在の意味の全てが・・・父にあるようにさえ思っていた。
テストでいい成績を残すことも、東大へ入ることも。
全て父の跡を歩くためだった。
あの人に認めてもらいたい、それだけだった。
もう自分を見失ってしまった真太郎は、果たして立ち直れるのでしょうか・・
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