「なんでおれがって言いたげな顔だな。」
北都は車の後部座席に座り、運転をしている志藤の顔をルームミラーで伺うように言った。
「はっ??? な、何を・・」
それが図星だったので、志藤は慌ててミラー越しに合った目をそらした。
そのうろたえぶりがおかしくて北都は押し殺すように笑っていた。
ほんっとにこの人は。
おれをからかうのが生きがいなんやから。
イジワルを言って、おれが困るのを見て楽しんでる!!
いろんないきさつがあり、志藤はいまだにこの大社長が苦手だった。
「高宮が今朝から箱根だから。 ホテルの方のことだけど、」
北都は新聞を読みながら言った。
「あいつ一人で仕事できるってのがスゴイですけど。 社長がいなくてもコト済むし、」
志藤は小さなため息をついた。
「おまえしか『ヒマそう』な人間がいなかったから。 悪いな、」
そう嫌味を言うのを忘れなかった・・・。
「ハイハイ・・・。 ま、大阪で支社長秘書をずうっとやってましたからね。 『運転手』くらい苦になりませんよ、」
志藤も精一杯の皮肉で返した。
北都はその切り返しにまた笑っていた。
「・・音楽配信会社のシグマの方はどうなんだ?」
北都は急に真面目な話をし始めた。
「あ~~。 そうですね。 まあ、話的には一進一退って感じで。 社長の紺野さんって気持ちにムラがあって。 言ってることが行くたんびに違うし。 専務も頑張っているんですけど。」
「シグマを合併したらムーンリバーミュージックの傘下に置いて・・・。 そうすれば最初から立ち上げるよりスムーズに行く。 相手の条件ばかり聞いていてはダメだ、」
「向こうだってウチからの話は渡りに船のはずです。 何しろ通信カラオケと携帯ゲームに進出してどっちもコケてますからね。 紺野さんはアイディアはある人なんだけど会社を経営する才能はどうかなって人なんで。 ま、そこで負った借金がありますからね。 あとは金なんでしょうけど、」
「真太郎はそういう交渉ごとがまだまだだな、」
北都はタバコを取り出した。
「いえいえ。 最近は『鬼の社長』にソックリやなって思うくらいの時もありますから。 相手がイヤがるような手をあの笑顔で指してくるし、」
志藤は笑った。
「・・頭がいいだけじゃあ。 会社は経営していかれないからな、」
冗談を言ったのにそれに乗ってこずに、北都は何かを考えるようにポツリと言った。
「・・心配、ですか?」
志藤はいづれはここを継ぐ息子をひとりの親になって心配をしているように見える彼にそう言った。
「心配しないわけがないだろう、」
あの社長が。
そんなに素直に自分の気持ちを自分に吐き出すとは。
志藤にはそれがオドロキだった。
真太郎が専務取締役になってから、北都は彼に対して厳しくなったように思えた。
決して『お父さん』だなんて呼ばせることもなく、親子だなんてことも時々忘れてしまいそうになるくらい一線を置くようにしているように見えた。
手取り足取り仕事を教えるわけではないが、気の優しい真太郎を叱咤することも多々あった。
「大丈夫ですって。 専務はほんまに頭のいい人ですから。 経営者に必要な判断力もあるし、彼が今まで決断してきたことはひとつも間違ってませんし。 本当に一生懸命やし・・・何より。」
志藤はルームミラー越しに北都を見てニッコリ笑い、
「・・あのヨメがいますから。 あれはもう百人力でしょう、」
と言った。
北都はクスっと笑って
「確かに。」
と、窓の外を見た。
それに。
おまえもいるからな。
・・・って
聞こえた気がしたけど。
車のエンジン音でかき消され、それは定かじゃなかった。
志藤は黙ってハンドルを握った。
いつもいつも素直じゃない二人ですが、気持ちはやっぱりひとつのようです・・・。
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